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「英語がぺらぺら」の日本人

先日ふと違和感を持ったのが、日本人がよく使う「英語がぺらぺら」という言葉の持つニュアンスである。


「英語がぺらぺら」をグーグルで検索してみると、255万件がヒットし、「英語がぺらぺらになるには」「英語ぺらぺらマスター」「英語ぺらぺらになるぞ!」「90日で英語ぺらぺらになる方法」「数時間で英語ぺらぺら」(←そんな方法があれば全ての英会話学校がつぶれる)などなど、日本人の持つ英語コンプレックスを如実に表すフレーズが出てくる。


では「英語ぺらぺら」とは何なのか?


多くの人が「英語ぺらぺら」イコール、ネイティブレベルの英語、もしくは日本人アクセントのない流暢な英語、あるいはどんな場面でも表現に困ることなく英語を話すことができる能力、とイメージしているように思う。


しかし「英語ぺらぺら」は実際には、「英語を話すことが出来る」以上の意味を含んでいる。相手の話していることが聞き取れるリスニング能力、会話を続かせることができるコミュニケーション能力、会話が行われている場所における社会的通念や慣習に合致した内容であること(例えば、大学教授に対して10代が使うスラング満載の会話をするのはそぐわないし、禁欲的で厳しい文化的慣習を保っていることで知られる、英語とイーディッシュ語を話すニューヨークのハシディック派のユダヤ人に対して、性的な話をするのもそぐわない)など。


何故私がふと「英語ぺらぺら」に疑問を持ったのかというと、先日、適当にネットサーフィンしていたのだが、「木村拓哉と工藤静香の娘が通う都内インターナショナルスクール」について書かれていたブログがあって、何となく興味を持って、その学校のウェブサイトを見てみたことに端を発する。


私はこの二人の芸能人のファンでもないし、はっきり言ってどうでもいいのであるが、英語教育、バイリンガル教育には興味がある。


日本に住んでいる純粋な日本人が、自分の子供をインターナショナルスクールに入れて、日本にいながらにしてバイリンガルの子供に育てる、という話はよく聞く。ただしこれが出来るのは一部の、経済的に非常に恵まれた家庭だけである。


インターナショナルスクールの学費は幼稚園でも年間200万というところもある。げんに、私のイギリス人の友人で日本人の女性と結婚した人は、まあまあの年収はあったが、双子の娘を都内のインター(幼稚園)に入れるのを断念した。学費は一人年間150万だと言っていたから、まあ一人ならともかく、二人同時に、というのは経済的にも負担が大きいので、諦めたのだと思う。


この、社会的ステイタスとも言える、芸能人や外交官の子女が通うインターナショナルスクールであるが、日本人の両親を持つ子供が入ることについては、利点も弊害もある。


利点は、日常会話は難なくこなせる英語力が身につくことと、欧米型の思考力や創造力を伸ばす教育によって子供の可能性が広がる点、そして異文化への理解度・寛容度が高まる点などが挙げられる。


逆に弊害は、日本語の習熟度がどうしたって、普通の日本の学校に通う子供に比べて、レベルが下になることである。個人の能力の差もあるし、家庭での読書の機会など教育環境の差もあるので一概には言えないが、アメリカで育つ日本人子女を見てきた経験から言えば、英語と日本語が全く同じくネイティブレベルの完璧なバイリンガルはほぼ皆無といってもいい。


もう少し説明を加えると、日常会話能力に限って言えば、完全な同時バイリンガルは可能である、と断言しよう。子供のころからインターに通ったり、アメリカで暮らしたりしていれば、友達同士でするような会話は、日本語も英語も同じように行うことは可能である。


ところが、読み書きのレベルを加えたり、会話でも、ショッピングに行ったとか、誰それとデートをした、などという話題ではなく、アカデミックな内容について会話する力や、論理的に議論を組み立てる力などを加えると、二言語を同じように発達させることは極めて難しいのである。


色々な悲劇の例はあるが、よくあるのが、日本語しかできない両親と、インターに通って英語のほうが得意になってしまった子供が、コミュニケーションをうまく取れないというケース。さらには、英語が母国語のようになった子供は、高校や大学をアメリカかどこかで通って、アメリカ人として生きていけるのでまだいいのだが、英語も日本語も中途半端にしか身につかなかった、いわゆるセミリンガルと呼ばれる子供たちは、かわいそうである。


私のボストンでの修士時代に出会った日本人の友達は、幼稚園から高校まで日本のインターで教育を受けたのだが、英語の発音は良かったものの、簡単な単語ばかりを使って会話しており、ネイティブレベルでは全然なかった。そして日本語にいたっては、日常会話は問題なく出来るのに、漢字がほとんど全く書けないという有様であった。


話題をキムタクに戻そう。私はキムタク夫妻の英語力がどれほどなのか知らなかったが、いろいろなニュースやブログで、彼らの英語力が「英語ぺらぺら」「ネイティブと渡り合える」「かなり上手い」と表現されていたことに、非常に興味を持ったのだ。


私の知る限り、キムタクも静香も帰国子女ではないし、留学経験もないし、かなり大人になってから英語の勉強を始めたケースである。いくら娘がインターに通っていて英語ができるからといって、親も自動的に「英語ぺらぺら」になるもんだろうか?


さっそくYouTubeで二人が英語を話しているビデオはないかと探してみる。


すると、キムタクのはまったく無い。消されてしまったのかもしれない。ウェブサイトには、いつかの紅白歌合戦でスーザン・ボイルが出たときに、キムタクが英語で話しかけたところ、スーザンに理解してもらえず、通訳が間に入って、キムタク赤っ恥、という事件が書いてあった。そんなことがあったのは知らなかったが、それ以来、キムタクは自信を喪失し、公の場やTVでは英語を話すことをしなくなってしまったらしい。もっとも、スーザンに理解してもらえなかったのは、単にスーザンにキムタクの声が届かなかっただけなのかもしれないし、通訳がいるのに、キムタクが英語を話すことをスーザンが予期していなかっただけ、なのかもしれない。私だって、英語で会話していて、急に日本語が聞こえてきても、その日本語を英語として脳が理解しようとするため、その日本語が聞き取れない、ということはある。


というわけで、キムタクの英語を聞くことはできなかったが、自身も「相手が何て言ってるかはだいたい分かったりするけど、トークがだめなんだよね」と話しているように、様々な情報を総合的に判断して、「英語ぺらぺら」というニュアンスからは程遠いようである。


今度は静香のほうである。いくつかのウェブサイトには「静香の英語はかなりぺらぺら」みたいなことが書いてあったので、今度は期待できそうだ。父親と違って、母親は子供と過ごす時間が多いので、一緒に英語を話したりなんかしているうちに、「ぺらぺら」になったのかもしれない。そこでYouTubeにあった、彼女が以前「英語でしゃべらナイト」に出演したときの映像を見つけ、聞いてみると・・・。


・・・これは、ひどい。


冒頭で自己紹介をしているのだが、一生懸命暗記してきた文を話しているのが見え見えで、つっかえつっかえ、日本人アクセント丸出し、文法もめちゃくちゃ、の状態で話している。まあ、それでも、ビデオの最後のほうでは、英会話喫茶で英国人と話をしているシーンがあって、そこではまだ自己紹介のときよりはまし、というか、となりの押切もえよりはだいぶましな英語を話していたし、drop in(ちょっと立ち寄る)なんて表現も知ってたりするのだが。しかし「ぺらぺら」という感じとは程遠いことは確かである。


分かったことは、彼らの英語を聞いて、「ぺらぺらだ!」と思う日本人がいるということ、しかもけっこういるということだ。


思うに、日本人の英語コンプレックスがすごすぎて、少しでも、英語を話している人を見ると、もう「ぺらぺらじゃん!」と思ってしまうのではないだろうか。静香の自己紹介の英語をアメリカ人の友人に聞かせたら、たぶん吹き出すのではないかと思う。日本人は英語を使わなくても日本で十分暮らしていけるし、困らないはずだし、それなのに、英語が全くできない私の友人も「子供には英語を習わせなきゃ!」といきまいたりするご時勢である。うーん、どんなもんなんだろう。日本で日本人として生きていくなら、まずは家庭で読書を一緒にしたり、ものを書いたりさせながら、日本語の力を最大限まで伸ばしてあげることが大事だと思うのだが。もちろん、英語が多少でもできると、海外旅行のときに使えて便利ではあるけれども。


最後に、静香の出演している番組を見て思ったこと。


彼女が、全然英語ができない段階から、あそこまで娘と一緒に勉強したという姿勢はとても好感が持てる。だが、どうも家庭でも英語をできるだけ使おうとしている様子なのが気がかりだ。家庭で日本語を使わなかったら、娘はいったいどこで日本語能力を伸ばすのだろう。子供の環境適応は早いので、学校では英語しか使っていない可能性がある。両親の英語力があれじゃあ、娘が日本語に不自由するようになったら、まともなコミュニケーションが取れなくなってしまうのではなかろうか・・・。ま、余計なおせっかいだけど。

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