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東日本大震災−アメリカから思うこと

3月11日に東北地方を中心とした東日本を襲った、かつてないほどの大規模の地震と津波から、1週間が経とうとしている。


いまだに災害の全貌は不明、孤立して救助を待つ人々も多数、一体どれぐらいの死者が出たのかも不明、その間に避難所で亡くなる人もあり、福島原発の事故もこれからどうなるのか先が見えず、東京湾岸部の液状化も改善されず、停電や日用品・食品の品薄による混乱も収拾がついておらず、大変な状況である。あらためて、今回の大災害のスケール・被害の大きさを感じつつ、遠方から何も手助けできないまま、固唾を飲んで見守っているだけの日々である。出来るものならアメリカから大量におにぎりを握って東北に持って行きたいぐらいである。


地震と津波が襲った日(アメリカは深夜)。その翌日にcandidacy examのオーラルディフェンスを控え、緊張していたのかなかなか寝付かれずにいた。朝4時頃、開いたパソコンに映し出されていたのは、車も建物も船も、何もかも津波の濁流に飲み込まれていく、仙台の映像であった。目を疑いながら、ニュースサイトで情報を収集し、家族の無事を願った。当時電話もつながらず、携帯にも連絡はつかない。メールをくれた母の無事は確認できたが、それ以外の家族の安否は分からない。東北が震源であるにしても、東京がどのぐらいの被害であったのか、全く分からない。


その後ますます寝付かれず、不安のまま朝になってしまったのは言うまでもない。おそらく2〜3時間ぐらいしか眠れなかったのではないかと思う。昼近くになって、また日本の家族に連絡をしてみる。ニュースをチェックする。しかしもうオーラルディフェンスに出かけなければならない。その準備をしなければいけないときに、なぜかトイレが詰まる。蓋を開けて変なところを引っ張ってみると、さらに水が便器外にあふれ出してきた。不謹慎ながらも、津波がここまで来たような気分に一瞬なる。


ここは2階なので、1階の住民のところに水が行っては大変だと思い、時間のない中、とりあえず大量のペーパータオルでバスルームの床を拭く。相変わらずトイレは詰まったままで、水は溢れる寸前のところまで来ている。床の消毒は後回しにし、大学で出かけたのだった。


この1週間、状況はあまり大きく変わっていないのが驚愕だ。何となくだが、地震が起きて3日もすれば、被災地は別として、東京などはかなり通常の生活が出来るぐらいになるのではないかと思っていた。ところが、電車のダイヤは乱れっぱなし、計画停電による不便も続いており、スーパーの買占め問題やら、福島の原発の状況など、一向に収束に向かう気配がない。


中でも原発の問題はアメリカでも大きく報道されている。諸外国は自国民を日本から次々に退避させているようだ。これは当然のことだろう。放射能が、健康に問題の出るレベルではないにしても、東京でも検出されているのである。色々調べてみると、放射線よりも、放射性物質が危険らしい。これはもちろん目に見えず、吸い込んだり食べてしまったりすると、体内でずっと放射能を出し続け、癌を引き起こすとのことである。あと2ヶ月ちょっとで日本に一時帰国する予定であるが、その頃にはおさまっているのだろうか。それとももう少しこちらにいたほうがいいのだろうか。


オハイオ州立大からは毎年、筑波、早稲田、南山、天理、ICUなどの各大学に留学生を送っているが、その生徒たちには、明日までにアメリカに帰国することを決めれば、航空券代を大学が払うと通知したそうである(天理に留学している友人談)。その友人はあと1週間ぐらい待ってもらえないかと大学にお願いする予定だそうだ。しかし天理は奈良だから、さすがにそれは帰国する必要はないのではないかと感じるが。筑波はちょっと福島から近いから、不安ならアメリカに帰ったほうがいいかもしれない。


原発の事故に関して、今まで政府は冷静で落ち着いた対応をしてきていると私は評価しているが、東京電力は何か情報を隠蔽しているのではないかという気もしなくはない。日本国民はみな、本当のことを知りたいと思っている。いや、もしかして、政府も東電も何も隠蔽はしていないのかもしれないが、諸外国で報道されている内容を聞くと、不安になってくる。チェルノブイリの事故の一歩手前ぐらいまで行っており、部分的なメルトダウンは生じていて、燃料の冷却が出来ていないのに、作業員の数を減らし、多大な被曝を避けるために退避させている。このことが、諸外国には、もう諦めているのではないか、どうしようもないほど深刻なのではないか、ものすごい放射能がもう撒き散らされているのではないか、という憶測を生むのである。さらに、福島原発から100キロも離れたところにいたヘリに乗っていた米軍兵士から放射能が検出された、というのも、日本政府の「20キロ圏内は別の場所に避難、30キロ圏内は屋内退避」という勧告が、かなり放射能汚染を低く見積もっているのではないか、必要十分な措置ではないのではないか、と考える根拠になっている。


私が中1の時に読んだ衝撃的な本があった。チェルノブイリ原発事故の取材で知られる、ジャーナリスト広瀬隆という人の著作「東京に原発を」である。それほど政府が原発が安全だというなら、首都東京に作ればいいではないか、それを何故作らないかというと、原発が本当は危険だからである、という主旨の本であったと思う。その後彼の著作を読むこともなかったが、このたび、また彼の文章をウェブサイトで目にすることとなった。福島原発事故が起こってから寄稿された文章である。


破局は避けられるか―福島原発事故の真相」(ダイヤモンドオンライン)」


是非、多くの人に読んでもらいたいと思う。ここに書いてあることがおそらく真実なのではないかと思う。彼自身の長年の原発に関する詳細な知識、経験に基づいた文章である。しかも彼は昨年2010年に出版した「原子炉時限爆弾」で、大地震が起こると原発はどうなるか、ということをシミュレーションしているのだが、実際に同じことが福島原発で起こってしまっている。彼自身も、彼の予想がはずれることを願っている、と締めくくっているが、老朽化した原発が何でここまで使われ続けていたのだろう。もし最悪のシナリオが本当になってしまったら、それは天災ではなく人災ということになる。何とか完全なメルトダウンの状況を避けられるように、国は総力を結集して、問題解決に当たってもらいたい。頑張っているのは分かっているが、フツウの頑張りでは許されない。どの国の専門家の力を借りてもいい。何としても、東日本の破滅だけはストップさせなければならない。


地震と津波のあと、数多くの国々・団体から支援の申し出をもらったことは本当に涙が出るほど有難いことだと思う。オバマ大統領の数回に渡る「支援を惜しまない」というコメントだけで、どれだけの日本人が救われた気持ちになっていることかと思う。こういう政治家が日本にもいればいいのに、と毎度のごとく思うが、それは置いておいて、中にはとんでもない日本の政治家の発言も表に出てきている。


某東京都知事、石原慎太郎の「地震と津波は天罰」発言である。まったく酷いもいいところである。あとで謝罪したからといって到底許せるレベルの言葉ではない。まったくもってfuckである。以下、毎日新聞のサイトより引用↓


「東京都の石原慎太郎知事は14日、東日本大震災に関連し「我欲に縛られ政治もポピュリズムでやっている。それが一気に押し流されて、この津波をうまく利用 してだね、我欲を一回洗い落とす必要がある。積年たまった日本人の心のあかをね。これはやっぱり天罰だと思う。被災者の方々、かわいそうですよ」と発言し た。蓮舫節電啓発担当相から節電への協力要請を東京都内で受けた後、記者団に語った。多くの犠牲者が出ている災害を「天罰」と表現したことが、被災者や国 民の神経を逆なでするのは確実だ。」


どのような真意があろうとも、一地方自治体の長としてあってはならない発言である。しかし、これを読んだ途端に彼に失望した、という人は少ないのではないか。この石原慎太郎という奴は、一体今まで何回、差別発言・不適切発言を行ったか、数えきれないほどである。記憶に新しいところでは、同性愛者への差別発言があった。同性愛者に対して、「どっか足りない気がする。遺伝のせいでしょう」と言い放ったのである。


どっか足りないのはお前のほうだ!


上記の「天罰」発言を聞いたとき、私は、やっぱりね、という気持ちであった。これがこいつの本性だよ、こいつを礼賛するねとウヨ(ネット社会にはびこる右翼)もいい加減気づけよ。しょせん石原は他人の痛みなど分からないのである。今まで恵まれて生活してきたせいだろう。それが老人になって、自分の発言が相手をどういう気持ちにさせるかという想像力まで失ってきている。これはもう老害である。4選出馬を決めているそうだが、そろそろ引退されてはどうか。アメリカ大統領だって3選禁止である。それがなぜかは自明だろう。真の民主主義を守るために、次の都知事は別の人がなるべきである。


長くなったが、これからも日々、震災後の状況はつぶさにチェックしていくつもりである。一日も早い復興を願い、信じている。アメリカにいる友人、知人はみな、お悔やみの言葉をかけてくれている。こんなときだから、政権批判は後回しにし、政府を支えながら、一人ひとりが協力してがんばらないといけないと思う。某、政治家として残念ながら人格が欠けているといわざるを得ない都知事は別にして、多くの一般市民は、こんなときなのに思いやりの気持ちやマナーを忘れていないのが、今後日本が進む道に照らし出されている、一筋の希望の光である。

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