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Author:まめ
アメリカ大学院留学。結婚・出産後、Ph.D.取得。イギリス引っ越し、1年後アメリカに戻る。現在、妊婦ワ―キングママです。


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挑戦のすすめ 〜卒業によせて〜

私は四歳の時にピアノを習い始めた。

厳しい指導で知られた先生のメソッドのおかげで鍛えられ、小中高時代、ピアノにかけては私の右に出るものはいなかった。小学校では学芸会、カトリックの私立中学・高校では毎朝の聖歌合唱とクラス対抗の合唱大会の伴奏が、私の活躍の舞台だった。

幼い頃から教師になるのを思い描いていた私は、音楽の教員になるために、中学在学中に音楽大学への進学を決めたが、ピアノさえ弾ければ合格するのかと思っていた私は甘かった。そこからは、音大受験に必要な特殊な科目の勉強が始まった。声楽(オペラの歌唱)、新曲視唱(初めて見る楽譜を一分間の黙読した後、伴奏なしで歌う)、聴音(ピアノの短い曲が三回繰り返される間に曲を楽譜に書く)、そして楽典(音楽の文法)である。これらの特殊科目の特訓は通常は幼い頃から始まるそうであるが、幸いなことに私は耳が良く絶対音感があったので、中学からのスタートでも間に合うことが出来た。

音大受験準備は至って順調であったのだが、高三になったばかりの頃、少しずつ自分の進路に疑問を持ち始めていた。音楽の道に進もうと決心したのは、自分の一番好きなものは何かと考えたときに、それがピアノだったからだ。それなのに、毎日何時間も、指の訓練の為に、面白くもない、テクニックを向上させるための曲ばかり練習し、当時ピアノを教わるために師事していた大学教授には、好きなショパンなどロマン派の楽曲を弾くことは「指が崩れる」という理由で禁止され、気付いた時には自分にとってピアノは全く楽しくないものになってしまっていたのだ。

普通ならそこで進路変更するのであろうが、私の場合、そのピアノの大学教授に師事するために、元のピアノ教師や声楽の教師など多くの人のつてを頼っていたので、進路変更することは彼らの面子を潰すことになる。簡単には音大受験を止められない状況にあった。

決して裕福ではない家庭なのに、両親には膨大なレッスン費用を捻出させ、途中で止めるのは申し訳ない気持ちもあった。
ただ、一番好きなものを楽しめない苦痛は限界であった。一番好きなものは一番のままにしておきたい。それには方法は一つしかなかった。それを仕事にしないということだ。考えた挙句、私はケジメをつけるために音大を受験し必ず合格することを条件に、二番目に好きなものを進路に選ぶことを、両親に許してもらった。

かくして私は音大と英語専攻の学部を両方受験し、担任には、そんな両立は聞いたことがない、無理だと言われながらも、無事にどちらも合格した。数年間に及ぶ音楽の特訓が無駄になったように見えるが、私はそうは思わない。
大学進学後、音大という亡霊から解放された私は、再び音楽を楽しめるようになり、音大受験のおかげで、自分は実はピアノよりも歌の方が好きだということにも気付き、バンドサークルで四年間思う存分に歌い、音楽の専門知識や譜面作成の力は思わぬ所で役にも立った。高校の英語教員になってからも、軽音楽部や合唱部の顧問として、ピアノが弾けることや音楽の知識はクラブ指導にも役立った。

何より、今も一緒にバンドを続けている仲間や生徒達に出会えたのは一生の宝だ。今ではピアノの腕は鈍る一方ではあるが、音大に進学しなかったことに後悔はない。もし音大に進んでいたら、オハイオには来ていないだろう。

人生には、岐路と呼ぶべき、将来を決定づけるような重大な決断をしなければならない場面がある。人は変化を恐れるので、人生が変わる可能性のある一大事は本能的に避けようとする。多くの人が、現実に不満を抱え変化を望みながらも結果として保身に走ったり、何か一歩踏み出せないでいるのはそのせいだ。

だが、時には思い切った決断で、リスクを冒してでも自分のやりたいことや信念を貫くことが、より豊かな人生を生きるためには必要だ。そしてそれが自分の可能性を切り開くことに繋がる。私は数年越しの夢を叶えるため、収入も社会的地位も安定した教員を退職し、アメリカに来た。それによって失ったものもひょっとするとあるかもしれないが、数々の出会いや自身の成長など、得られたもののほうがずっと多い。自分の能力以上の何かに挑戦すること、新しい道を選ぶことは不安でとても怖いことのように感じられるかもしれないが、卒業生の皆さんにも、やりたいことが出来た時には、思い切って一歩踏み出してもらいたいと思う。やらなかった後悔よりも、やってしまった後悔のほうがずっといい。そして、大体の場合、人は自分の人生を自己肯定したい生き物なので、大きな何かを自分で選択して後悔することはほとんどないのだ。

(生徒の文集への寄稿文)


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