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Author:まめ
アメリカ大学院留学。結婚・出産後、Ph.D.取得。イギリス引っ越し、1年後アメリカに戻る。現在、妊婦ワ―キングママです。


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都内のカラスはどこ行った

1年数ヶ月ぶりに日本に帰って驚いたのは、都内にカラスがほとんどいなかったことです。


アメリカに来るまではずっと東京に暮らしてきて、普段の生活とカラスは切っても切れない関係でした。どれだけ東京都がカラス捕獲作戦を展開しようとも、マンションからマンションへ、縦横無尽に群れをなして飛び移るカラスは減る様子も見せず、深夜であろうと早朝であろうとカーカー鳴いて、森へ帰るそぶりもなく、我が物顔で都内に居座っていました。


東京へ戻って数日して、カラスが全くいないことに気がつき、家族にそう言いました。普段東京に住んでいて変化に気付きにくい家族も、「ああ、そういえば・・・」と。


都内を車で走ることが何度かありましたが、その時にも、カラスはほとんどいませんでした。4週間の滞在で、見たのは合計2羽ぐらい。そのどちらもが、単体で電線に乗っているカラスでした。


ここからは推測にすぎませんが、人間以外の動物は、人間に察知できない危険を嗅ぎ分ける能力があるとも聞きます。もしかすると、カラスは放射能汚染された東京を離れ、別のところに移住したのかもしれません。残ったカラスは逃げ遅れたか、筋肉にセシウムがたまって飛べなくなったか・・・。


アメリカに戻ってそんなことを考えていた矢先、かつて東電に勤務して今は医師になっている方の有名なブログ、「院長の独り言」に、こんな記事が紹介されていました。


以下、院長のブログから引用させていただきます。


---------------------------------------------


「虫や鳥や木が消え始めたら、次は人間が消えていく番だ」 (2011年12月30日)


南風椎の「森日記」から 森はまだ生きているのだろうか


2011.07.27 Wednesday



この森に住みはじめて10年になる。
ここ数年は本来の仕事を再開したので、森に出ることは少なくなっていた。
でもそれまでの6,7年間は一年中毎日朝から外に出て、里山仕事、野良仕事、庭仕事をやっていた。だから四季それぞれこの森のどこで何が起きていて、ぼくが何をしなければならないか、は完璧に把握していた。

ところが3.11以降、森はすっかり顔が変わってしまった。
ぼくが知っている森ではなくなったのだ。
小鳥がこなくなったことは震災の一週間後に「沈黙の春?」という日記で書いた。状況はその後も変わっていない。小鳥たちは皆無ではないけど、ごくたまに1,2羽見かけるだけ。以前のように群れをなして飛んでくることはなくなった。

夏 になってからはセミがいない。去年も酷暑のせいでセミが少ないと書いたが、今年は少ないのではなく、いないと言ってもいい。しかし皆無ではない。ときどき カナカナが一羽、ミンミンが二羽とか鳴いているのが聞こえるくらい。数えられるのがさみしいね。東京からきた小学生が「うるさーい!」と両耳をおさえるよ うなセミ時雨の森だったのに。

この森の蚊は数が非常に多く凶暴であると、日記に書いたことがある。
蚊もいなくなった。おとといは試しにノースリーブのTシャツに半ズボンという無謀きわまりない出で立ちで、森を20分ほど散歩した。去年までなら全身腫れ上がるほど刺されただろうに、両足を一カ所ずつ刺されただけだった。蚊が皆無でないとわかってほっとしたほどだ。

アゲハなどの蝶はわりに見かける。つい最近まで何ヶ月も安全なサナギに包まれていたからではないだろうか。

クモの巣がなくなった。去年までは家の周りを歩くのにも、長い棒を持って巣を払いながらじゃなきゃ歩けないほどクモたちはたくさんの巣を張りめぐらせていた。
今年は低い木陰をのぞきこんで探しても見つからない。皆無だ。
クモ自体が消えたのか、巣を張ってもつかまる虫がいないためやめてしまったのかはわからない。

この森が異常な事態であることは断言してもいい。
街のコンクリートやアスファルトに積もった放射能は雨が流してくれるけど、土や草むらに降る放射能は積もり続けるので危険だとも聞いた。
森は土と草むらの上に乗っかっているものなのだ。

昔教わった生態学の基礎の基礎はこうだった。
虫や鳥や木が消え始めたら、次は人間が消えていく番だ

ぼくたちは今、知らされているよりはるかに大きな危機の中で茫然と立ち尽くしているだけなんじゃないか、という思いは日々強くなっている


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引用終わり。


鳥が福島原発の上を避けて飛んでいるという情報も聞いたことがあるし、やはり動物たちは、人間よりもいち早く、放射能を察知して逃げているのではないでしょうか。もしくは、逃げ遅れて被曝して歩けなくなったか。


日本滞在中に見た、被曝症状が出たあわれなチワワの顔が浮かびます。

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一時帰国で体調悪化?まさかね

またしばらくブログを放置してしまいました。


4週間の日本滞在のち、3日前にアメリカに戻りました。1年数ヶ月ぶりの日本は、3月11日以前とは別世界の日本でしたが、原発事故をなかったこととして生活するならば、以前と不自然なぐらいまったく変わらない日本でした。


表向き、必要なものは何でも手に入る日本。水でも酒でも、食糧でも、日用品でも、世界最先端のファッションでも、世界一のサービスでも。東京の街行く人はほとんどがマスクもせず、おしゃれな服に身を包み、以前と同じように電車に乗り、以前と同じようにおいしいものを食べて暮らしている。


しかし、現実には目に見えないけれども、東日本各地に降り注いだ放射能の問題、いまも福島第一から漏れ続けている、毎日数億ベクレルの放射能の問題を考えれば、日本では、必要なものを手に入れるのは非常に難しいのです。


広瀬隆氏が講演会で指摘しているように、1キロあたり500ベクレルの食品を食べれば、1時間に18万発の放射線が体内組織に向けて発射されます。食の安全、身の安全を確保するには、食材の産地を注意深く選ぶだけでなく、加工品ならばどこに立地した工場で製造されたものなのか、しっかり調べて購入しなければならないのですが、この食品は100%安全、放射能フリー、と確認するのは、日本では至難の業です。


保存がきく食品であれば、震災前に製造されたものもまだありますが、それもだんだん少なくなってきたというのは、魚の缶詰からも放射能が検出されたことからも分かります。今年の夏ぐらいであれば、まだ昆布や米の収穫である秋は到来していなかったので、安心していられましたが、もう新米も出ているし昆布の収穫も済んでいるので、今後は分かりません。


私が日本に滞在している間にも、明治の赤ちゃん用ミルク「ステップ」からも、放射能が検出されるというニュースがありました。明治の企業体質が問われ、信用は失墜しましたが、粉ミルクしか摂取できるものがない赤ちゃんにとっては、それこそ死活問題です。牛乳は牛の体内のセシウムが特に凝縮して出てしまうため、チェルノブイリのときにも、牛乳を飲んでいた子供に健康被害が多くでたということがありました。日本でも、今までコーヒーに牛乳を入れて飲んでいた人も、牛乳を断念して豆乳に変えたり(大豆の産地と豆乳の製造工場の場所には注意)しなければならなくなりました。私はアメリカからコーヒー用の粉ミルクを買って持ってきたので、家でコーヒーを飲むときにはそれを使っていました。今までブラックコーヒーはほとんど飲んでいませんでしたが、外食でコーヒーを飲むときには、ミルクを入れずに飲むようにしました。


それでも、牛乳は思わぬところに使われているものです。デザートに使われるクリームはもちろん、ロシア料理にもよく使われますし、キャラメルやキャンディ、チョコレート、プリンなどのお菓子にも入っています。パスタソースや意外な加工食品にも入っていたりします。そういうのを一つ一つ省いていくと、もう外食は一切できないということになります。


人間は他人との関係性の中で生きています。自分は外食はしないから、人と会わない、あるいは自分だけ食べない、というわけにはいかないのが常です。友達と会えば、レストランにも入るし、居酒屋で飲んだりもします。私は普段日本にいないため、一時帰国の際には、まとめて色々な友達と会うことになるので、この4週間は8割ぐらいが外食でした。自分で支払う料理を、自分自身が食べない選択は出来ますが、せっかく帰ってきたのだからと、けっこう人にご馳走になる機会も多く、その場合は、食べ物を残すことが申し訳ないため、苦痛になります。従って、極めて危険性の高い食品を残すことはしましたが、グレーゾーンのものは、少しぐらいなら、といって食べてしまうことが多かったように思います。味はどれも今までの日本と同じ、すばらしくおいしいものばかりでした。


そのせいで、というわけではないかもしれませんが、日本に来た時にはこれ以上ないぐらい元気だったのが、4週間後にアメリカに戻るときには、咳、鼻水、だるさという症状があり、体調の悪い中飛行機に乗ることとなりました。うーん、なぜだろう。睡眠も取っていたし、3キロ増量したぐらいなので、食べ物もけっこうしっかり食べていました。アメリカから持ってきた玄米や、韓国農協から取り寄せた、乳酸菌たっぷりの(乳酸菌は免疫を高めるため放射能防御に効きます)キムチも食べていました。


そもそも私はアメリカではほとんど風邪を引きませんし、風邪薬を飲むこともありません。記憶にある中で、風邪を引いたのは3年前が最後です。インフルエンザには、大人になってからは日本でもかかったことがありません。


今回、体調が急激に悪化したのは、金沢へ行った日(21日)。東京では海産物はほとんど口にしていませんでしたが、金沢へ着いて近江町市場に行き、北陸のものは大丈夫(放射能に汚染されていない)だからということで、海鮮丼を食べました。もちろん、今まで食べたこともないぐらい美味でした。そこに載っていた海産物は、地のものもあったと思いますが、もしかすると、太平洋側のものもあったかもしれません。続いて、市場で差し出された試食用の太平洋(四国と北海道)産の昆布としじみのスープを口にしました。それから数時間して、何か喉のあたりと胸の中が詰まったような感じがし始めました。


宿へ行ってからもその妙な詰まった感じは収まらず、次第に喉が痛いような感じがしてきました。妹は「アレルギー症状だよ」と言うのですが、海産物でアレルギー症状が出たことはないので、どうも腑に落ちない感じでした。


単なる風邪の引き始めではないと思ったので、風邪薬はその時は飲まず、代わりにアレルギー薬を飲んでみました。症状はやや治まったので安心して数日後東京に帰ったのですが、次の日(24日)、喉の痛みと極めて不快な咳が止まらず起きることとなりました。風邪薬を飲んで症状は治まるのですが、3日間ぐらい飲み続けたにも関わらず、アメリカに戻ってからも、熱もないのに、日々、咳・鼻水・異常な疲労感があり、何か普通の風邪と違うな、という感じを持っています。


アメリカと日本は何度も往復していますが、時差ぼけはいつもほとんどありません。ですが、今回は、1日8時間寝て、起き上がって数時間すると、もう疲労感で横にならないといられない感じになるのです。100歩ゆずって時差ぼけだったとしても、アメリカに戻って3日にもなるのにまだ時差ぼけているとは思えません。


そんなわけで、風邪なのか(たぶんそうだと信じたいですが・・・)あるいは被曝によるものなのか、いまだに分かりませんが、一応の策として、日本にいるときから引き続き、体内のセシウム排出のためのアップルペクチンとミネラル・マルチビタミンは飲んでいます。

放射能汚染に触れないNHK番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」

日本に一時帰国中にテレビが地デジ化し、やたら明るく鮮明になった画面がもの珍しく、昨日は久しぶりに日本のテレビを夕食後、なんとなくつけっ放しにして見ていた。民放はあまりにくだらなく、見る気もしないので、NHKをつけていたのだが、様々な分野でのプロ職業人を追ったドキュメンタリー「プロフェッショナル 仕事の流儀」が気になった。


昨日は気仙沼市の唐桑半島の付け根にある舞根(もうね)湾で50年間カキの養殖に携わってきた畠山さん父子の話だった。


畠山さんのカキは粒が大きく甘いと評判だが、ここまで来るのには数々の苦難があった。時に人間に牙を向く自然や、カキ養殖には必須である森をつぶしてしまうダム建設計画などに翻弄されながらも、常に前を向いて困難に立ち向かい、知恵と努力で克服してきた一流のカキ養殖職人である。


3月の津波で壊滅した養殖場と町。そこから這い上がり、今までの経験から色々な工夫を重ね、カキ養殖を復活させる畠山さんの、カキへの、そして海への思いには胸を打たれる。心ある人なら、誰でも応援したくなるようなストーリー、そして親近感を寄せずにはいられない畠山さんの人柄も印象に強く残る番組に仕上がっている。


しかし、だ。


どこかで触れるのかな、と思いながら見ていたが、最後まで放射能の話は一切なかった。


今現在、海洋汚染は極めて深刻になっている。海水をちょこっと測って、3月4月に比べて含有放射能の量は減っている、などと大手メディアは伝えるが、現実はそんなものではない。


11月27日にNHK ETVで放映された「ネットワークでつくる放射能汚染地図 海のホットスポットを追う」によれば、それは海の放射能が薄まっているのではなく、海底に沈んで蓄積し、ウニやヒラメ、カレイなどの海底に生息する生き物を汚染し、海底にもホットスポットを作っているという。


さらに川には雨とともに森林や土壌に降り積もった放射性物質が流れ込み、最終的には海に行き着き、さらに汚染する。


加えて、生物間での濃縮も起こっている。小魚を食べた中ぐらいの魚は放射能が高く、さらにそれを食べる大型魚ではさらに高い。そしてそれを食べる人間は・・・想像に難くない。震災から9ヶ月経っても、高濃度の汚染水が福島第一原発からは海に駄々漏れし、海洋汚染はとどまる気配がない。(ついでに言えば、核燃料もどこへ行ったのか、誰も原子炉内部で何が起こっているのか分からない。なのに政府は「冷温停止」を発表しようとしている!寝言も休み休み言え!)


海がそのような状況である今、たとえば福島県の漁業従事者の皆さんは非常に高い意識で、「こんな魚は出荷できない」と言う。海はつながっているのだし、放射能には県境は見えない。東北の海だって、関東の海だって同様に汚染が進んでいる。


畠山さんだって、おそらくその辺は分かっているだろう。ご本人も春以降ずっと体調を崩し、入院までしているぐらいなのだ。ただの疲労ではないはずだ。体重が増えない、咳が止まらない、熱が出る、だるい、などの、一見風邪に見える症状は被曝による代表的な症状でもある。震災以降、カキを救うため、毎日外でマスクもなしに海辺に出て働いていたのだ。被曝でなければ、東北の沿岸で問題になっている、津波によって地上に運ばれてしまった、カドミウム、水銀、砒素などの重金属による健康被害である可能性もある。


なのに、NHKの番組「プロフェッショナル」では、畠山さんの体調不良をただの「疲労蓄積」と片付け、カキの放射能汚染にも、人間の被曝にも一切触れなかった。


職業人の生き様を追う、非常に興味深い番組であるだけに、このNHKの姿勢はとても残念だ。政治的意図すら感じる。


何とか「汚染はたいしたことない」「直ちに健康被害はない」で済ませたい政府が海洋汚染を隠蔽し、何も知らない、ネット弱者の、あるいは意識の低い日本人に海産物を食べさせ、「東北を食べて応援しよう」という殺人プロパガンダを広めるために、この番組が利用されているのではないか。


畠山さんのカキ、見るからにうまそうだ。あんなに頑張るおっちゃん、食べて応援してあげたい、と優しい日本人は思うだろう。でも私は食べない。畠山さんを人殺しにはできない。

帰国して1週間−被爆した犬を見て

震災後初めての一時帰国をして1週間が経った。


成田空港に降り立ったときからN95マスクを身につけ(周囲の日本人も外国人もぎょっとして見ていたっけ)、どきどきしながら東京の自宅に戻ったときは、まさに日本で何を口にしてよいのか全く分からず、アメリカから持ち帰ったカリフォルニア米の玄米と韓国農協から直送のキムチで毎日過ごすのかと思っていた。


しかし東京では3月11日以前と同じように人々は暮らし、少し街が暗いと感じる以外は、何も変わっていないように見える。私自身は、外を長時間歩く場合はN95マスクをつけ、雨あがりなど放射性物質を含んだ塵や埃が舞う恐れの無いような場合には、日本の普通の花粉症用マスクを身につけている。周囲を見ると、東京の95%の人々はマスクをしていない。それでも、インフルエンザの季節になり、マスクをすることにそれほど抵抗がなくなったようで、日本に住む家族は、「最近マスクの人が増えた」と言う。加えて、東大アイソトープ研究所が今頃になって出した、「放射性物質を含む花粉やホコリは普通の花粉症用マスクでも十分防げる」という声明の影響もあって、マスクをするようになった人がいるかもしれない。この東大の実験は3月に行われているのに、なぜ今頃になって出すのか、何か政治的な意図を感じなくもないが。原発事故以来、東大は何かと信用ならない。


買い物に行っても野菜の産地を選んで買ったり、海産物、きのこ類と牛乳・牛肉・卵は一切口にしないつもりで日本に来たが、それでも、日本の美味しそうな料理の数々を目の前にして、一口だけなら、と、うっかり海老を口にしてしまったりもする。先日のETV特集で放映されたように、海洋汚染は極めて深刻であり、放射性物質は海底にたまって海のホットスポットを作り、ウニや貝、カレイなどの海底に生息する生き物を放射能汚染している。生物間での放射性物質の濃縮も起こっており、大型魚の汚染も深刻さを増している。それは分かっているが、「少しだけなら」「アップルペクチンを飲んでいるからセシウムは排出されるはずだし」という甘えも、家族や友人と一緒に外食する際には生じてしまっている。ここで気を引き締めなおさなければいけない。


昨日は年1度の人間ドックへ行った。クリニックは都心にあるのだが、そこから駅へ向かう人通りの多い道で、犬を見た。チワワやパピヨン系の犬だが、様子がおかしい。そこらの雑種じゃあるまいし、犬種から言っても、立地的に考えても、野良犬とも思えなかったが、首輪も鎖もしておらず、周囲に飼い主らしき人もいない。痩せており、足が悪いのか、よたよたしてうまく歩けない様子で、そこらの水溜りを舐めたり、道路わきの植え込みのあたりを舐めたりしながら、ヨタっている。哀れな様子の犬を見てかわいそうになり、顔をのぞきこんでみて、絶句した。


大きな丸い目が、左右両方とも白い皮をかぶったように白濁していた。


これだけ都内のストロンチウム、ウラニウム、プルトニウム、セシウム汚染が言われているのだ。人間よりずっと低いところ、しかも放射性物質が降り積もった道路や土壌・水溜りを嗅いだり舐めたりしている動物は、とんでもないレベルで被爆しているのは明らかだ。


放射能による害は、癌や心筋梗塞だけではなく、あらゆる形で表出する。そのひとつが老化であり、ベラルーシやウクライナの子供たちの間には老化現象が見られるそうである。この犬の目が白濁しているのは放射能による白内障で、足がよたってまともに歩くことができないのは、筋肉にたまるセシウムや骨にたまるストロンチウムの影響ではなかろうか。変になってしまった犬を、飼い主が捨てたのでは・・・との思いもよぎる。


放射能との因果関係は確かめようもない。しかし、今までずっと東京に暮らしてきて、この人気ペット犬種の野良犬は一度も見たことはない。そもそも東京には野良犬はほとんどいない。病気の野良猫なら見たことがあるが、毛が禿げているぐらいのもので、ここまで酷いのは一度も見たことはない。


都内で、放射能問題に関して意識の低い親と一緒にいる幼児が、そこらをはいずりまわったり、転がったりしている様子を目にして、いたたまれない気持ちがする。この犬に起こったことは、近い将来人間の子供にも起こることなのでは・・・そうであってほしくはないが、東京がウクライナのキエフ並みに汚染されている(しかもチェルノブイリではほとんど出ていないα線、β線核種が出ている)ことは事実である。しかも、東京はすでに宮古からの放射能汚染瓦礫を燃やし大気汚染をした。さらに、近々、放射能レベルの高い女川の瓦礫を、23区内と多摩地区で燃やすことを決めている。放射能汚染がさらに深刻化することは目に見えている。


東京からの逃げ場としての西日本も油断はならない。大阪府・大阪市が放射性瓦礫を受け入れようとしている、この狂気の沙汰をとめることができなければ、日本の未来はない。放射能と人間は共存できない。それはもう歴史が教えてくれている。


 


 

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