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Author:まめ
アメリカ大学院留学。結婚・出産後、Ph.D.取得。イギリス引っ越し、1年後アメリカに戻る。現在、妊婦ワ―キングママです。


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チェルノブイリ生存者の声−「福島の人たちは出来る限り早く逃げて」

昨日はアメリカの核施設と環境汚染問題について書いた。世界で最も放射能汚染が激しいと言われる、ワシントン州のハンフォード核施設では、福島第一原発からの高レベル汚染水の海への流出と同様、付近のコロンビア川への放射性廃液の流出が長年問題となっている。


(→「アメリカの核施設」参照)


コロンビア川の下流には何があるか?オレゴン州最大の都市、ポートランドがある。ポートランドは、東京の私立高校で英語教員をしていた頃に訪れたことがある。生徒の夏期ホームステイプログラムの引率で3週間滞在した町セーラムから50キロほどのところにあり、バスに乗って皆でショッピングをしたり、コロンビア川でクルーズをした思い出がある。その頃は、美しいコロンビア川の景色が、実は放射能に汚染されているなどとは思いもしなかった。


セーラムに流れる川も、放射能汚染されたコロンビア川の支流である。生徒たちが、夏の暑い日に、素足で川の中に入って遊んでいたこともあったと思う。3週間の滞在や数回川の水に触れたぐらいで健康に影響があるものではもちろんないのだが、日本人も、アメリカ人も、世界中の人たちが、原発や核施設は安全なもので、放射能漏れは一切起きていない、と思い込んでいた(厳密には、思い込まされていた)ことが、恐ろしく思えるのだ。


今日は、ハンフォード核施設による放射能汚染状況を監視し、汚染問題を考えるウェブサイト「Hanford Watch」(英語)で見つけた、ある記事について紹介したいと思う。


チェルノブイリ原発が爆発したあと、現場で作業をした80万人の中でわずかに生き残った人たちがいる。その一人である、女性エンジニアのナターリア・マンズローヴァさんが、日本の福島に向けて「出来るだけ早く逃げて」とメッセージを伝えている記事である。


「Chernobyl cleanup survivor's message for Japan: 'Run away as quickly as possible'」


ナターリアさんは現在59歳で、チェルノブイリ原発事故のあと、4年半、作業のため原発から3キロほど離れた町プリピャチにとどまった。彼女のチームメンバーは皆死んでしまったが、彼女は生き残った。彼女の首には、「チェルノブイリのネックレス」と呼ばれる、甲状腺癌の手術の傷跡が残っている。今も数え切れないほどの健康問題を抱えるナターリアさんが、福島の事故についてこのように語っている。(原文は英語。上記ウェブサイト参照)


 インタビュアー「福島の事故についてのあなたの最初の印象はどのようなものでしたか?」


 ナターリア「デジャブのように感じました。日本の人々そして特に子供達のことが本当に心配です。彼らを待ち受けている経験がどのようなものか、私には分かるから。」


 インタビュアー「しかし、専門家は、福島はチェルノブイリほど深刻ではないと言っていますが。」


 ナターリア「原発事故はそれぞれ異なった状況で起こっているのだし、その影響は何年もしないと、正確には測れないのです。政府はいつも真実を告げているとは限りません。多くの人たちは自宅に帰ることはないでしょう。彼らの人生は二つの部分に分けられてしまうのです―福島以前と福島以降にね。福島の人たちは自身の健康と子供たちの健康について心配だろうと思います。政府はおそらく、漏れた放射能はそれほど多くはなかったし健康に被害はなかったと言うと思います。そして、政府はおそらく、福島の人たちが失ったもののすべてを補償してはくれないでしょう。彼らが失ったものは計り知れないのに。」


  インタビュアー「どんなメッセージを日本に伝えますか?」


 ナターリア「出来るだけ早く逃げて、と。待っていてはだめです。自分自身を救ってください。政府を信じないで。だって政府は嘘をつくから。政府はあなたに真実を知って欲しくはないのです。原子力産業はあまりに強大だからです。」

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アメリカの核施設

福島第一原発からはいまだに大量の放射性物質が空気中に、海に、土壌に垂れ流されている。


つい先日も、3号機から高レベルの放射能汚染水が20兆ベクレルも海中に「流出」していたというニュースを目にしたが、同様のニュースが多すぎて、感覚が麻痺してきている気がする。20兆という数字が天文学的数字なのは分かるが、それがどのぐらいの危険性を持っているのかは、まったく伝わってこない。言葉の使い方の上においても、操作がされているように思う。「流出」というと「仕方がなかった」というニュアンスがあるが、「投棄」というと自覚的である。でも結果としてはどちらも同じことである。


3月11日以降の福島からの放射能汚染は事故によるものであるが、原発や核廃棄物処理施設は、通常の稼動をしていても、実は少しずつ放射能漏れを起こしているというのは、原発安全神話の中で封印されてきた事実である。


原発で20年間勤務をしてきて、1997年に逝去された平井憲夫さんという方が生前に、原発がどういうものなのか、その危険性を訴えた手記がある。大手マスコミも政府も絶対に伝えない、現場だからこそ分かる実態が克明に、分かりやすい言葉で記されている。読んでみると、原発が、私たちが理解してきたようなものでは決してないことが分かる。


平井憲夫さんの手記はこちら→「原発がどんなものか知ってほしい」


さて、今日は福島からアメリカに目を移して原発問題を考えてみたいと思う。


アメリカには104の原発があるが(計画中のものを入れれば105基)、分布は以下の地図の通りだ。



原発が、いかに人口の密集した大都市の近くに建っているかが分かる。原発の付近では、ガン罹患率が高いという調査結果も様々なところで出ている。放射線を浴びることと直接の関わりがある乳がんや、放射性物質を吸い込んだり食べたりすることによって起きる内部被曝による、肺がんなどの患者が増えている事実は、もしかしたら原発や核廃棄処理施設と関わりが深いのかもしれない。(科学的には立証されていない。立証は非常に時間とお金がかかり難しいため。)


核廃棄処理施設なども含めた、アメリカの「核施設」の分布は以下のようになっている。緑の丸印が原発、オレンジの×印が現在は閉鎖された原発、黄色の下向きの三角印が、高レベル核廃棄物処理施設である。



核施設のないところは、それこそ人間がほどんど住んでいないようなド田舎ばかり。これでは、アメリカのどこに住んだら安全なのかという気がする。


高レベル核廃棄物処理施設の一つに、ワシントン州(西海岸、カナダとの国境の州)のハンフォード核施設というのがある。ここは、世界で最初のプルトニウム精製のための原子炉があるところだ。



ハンフォード核施設はコロンビア川のすぐそばに立地しており、現在は立ち入り禁止である。ここは世界で最も放射能汚染が深刻な場所であると言われている。1943年に原爆を作る「マンハッタン計画」の一環として建設され、長崎に落とされた原子爆弾にも、ここで精製されたプルトニウムが使われた。1949年には、放射能の環境への影響を調査するために放射性物質が放出される実験がされた。付近の住民には知らされなかった。


実験のためにガンになった患者はたくさんいる。1995年とやや古い映像ではあるが、今も活躍する原発問題に詳しいジャーナリスト、広河隆一氏のレポートがこちらで見られる。


「米国の核施設 ハンフォードほか」 (you tube)


ハンフォード核施設の地下には、今も、2億リットルもの高レベル放射性廃液が177個もの巨大タンクにおさめられているという。これは1953年の写真→



そしてこのタンクの廃液は地下水に染み出し、コロンビア川を汚染しているという。タンクからだけではない。汚染された冷却水、プラントの廃液なども川に流れこんでいる様子を描いたものがこれである。



ハンフォード核施設による汚染を除去するにはあと100年ないし150年というとてつもない時間がかかるのだという。


原発を作れば、そこで使われた使用済み燃料を貯蔵する施設が必要になる。そして、廃液を貯蔵するためのタンクは永久に穴が開かないわけではない。日本にも六ヶ所村に施設があるが、もう貯蔵量がいっぱいに近い。原発によって、そして他の核施設によって、環境も人間の健康もどんどん蝕まれていく。


アメリカは西海岸など一部を除いて、地震はほとんど起きないから、日本よりはまだいいかもしれない。ここオハイオでは体感できる地震は起きない。年に6回ぐらい、震度1にも満たないような小さな地震があるだけである。しかし日本はこれだけの地震大国なのだから、原発を作るにはもともと向いていなかったのだと思う。ハンフォード核施設のような状況、あるいは福島第一原発のような状況をこれ以上作り出さないためにも、代替の発電方法を確立して、原発を廃止していかねばならないとあらためて思う。


 


 


アメリカのPh.D.ってどうやって取るの?

最近このブログでは、気になって仕方がないので原発関連の話題が多いのですが、たまには本職のほうがどうなっているのかの記事も書かないとね。


長きに渡るCandidacy exam(博士課程資格試験)がようやく3月に終わり、晴れて「Ph.D. Candidate」(博士号候補生)となって早2ヶ月。東日本大震災からも2ヶ月。資格試験の口頭試問の日に震災が起きたのでした。


日本の友達にも、「何度聞いても、どういうプロセスでPh.D.になるのかよく分からないよー」と言われるので、もう一度おさらいしておきます。


日本の博士課程は、科目履修がなく、おもに博士論文を書くわけです。ヨーロッパの大学院博士課程も日本と同様です。博士課程に入学するには、博士論文のプロポーザル(計画書)を書かないといけないと聞きます。


アメリカの博士課程は、プログラムによって大幅に異なります。たとえば数学などは、修士号がなくても、大学卒業後すぐに博士課程に入ることが出来ます。ただし、学士号は数学でないといけません。博士課程の3年目か4年目にgeneral examと呼ばれる試験(上記のcandidacy examに相当します)を受け、それに合格した時点で退学すれば、修士号がもらえます。修士号をとるのに、修士論文が必要ないわけです。(修士論文を書くオプションも可能だと思いますが)。その先に博士論文に取り組み、3年〜5年をかけて無事に研究を終え書き上げれば、博士号が授与されることになります。従って、数学の分野では、修士号しか持っていない人は「博士号を取りたかったけど取る能力のなかった人」という認識をされることが多いです。


それに対して、文学などは、文学の修士号を取っていないと文学の博士課程に入学することは出来ません。私のアメリカ人の友人は学士号・修士号を心理学で取り、日本文学で博士課程に入学しようとしたのですが、修士課程にしか入学許可が下りなかった人がいます。ちなみにその人は修士号を無事に取得し、この秋からは博士課程に入学が決まっています。したがって、修士号しか持っていなくても、それはあくまで「修士号を持っている人」と見られるわけで、「博士号を取る能力のなかった人」とは決して認識されません。


さて、教育学部大学院は、数学や文学とは少し性質が異なります。いずれ教員になりたい人は免許取得のために教育学修士(M.Ed)を取ります。よって、教育学部大学院は、ビジネスや法学、医学などの資格を取るためのいわゆる実務的な「プロフェッショナル大学院」としての機能も果たしています。その一方で、いずれ教育分野の研究者(大学教授)になることを目指す人たちは、教育学修士(M.A.)をまず取ってから、博士課程(Ph.D.)に進みます。よって、教育学部大学院は、数学や人文のように研究大学院としての機能も持っています。


教育分野での博士課程は、入学するために修士号が必要ですが、これは教育学の修士号ではなくてもOKなところがほとんどです。ただし、数学や文学と異なるのは、教育の実務経験(つまり教員経験)が最低でも3年はないと出願できないことです。これはビジネス修士(MBA)にも共通しています。MBAに出願するためには、最低でも2年の実務経験(会社員経験)がないと出願できません。


さて、ここからは教育分野の博士課程に限定して話をすすめます。入学後、Ph.D.学生は、最初の2〜3年を科目履修に費やさねばなりません。必修科目と選択科目で合計15〜20科目ほどを履修します。特に最初の2年間は、学期中は別のことをする余裕などまったくないほど、日々、大量のリーディングとライティングの課題をこなさねばなりません。この修行に耐えられない人は途中で脱落します。次に、2年目が終了すると同時に、3年目ないし4年目に受けるcandidacy examの試験内容を教授と相談します。オハイオ州立大では4科目を選択し、1科目につき1人の教授と、その試験分野やトピックの相談をし、受験に備えて勉強を開始します。この分野は、自分の学術的興味や、博士論文で取り組みたいテーマに関連したトピックを選ぶことになります。そしてほぼ半年〜9ヶ月の準備期間を経て、試験を受けます。これは1問につき1週間〜2週間の時間内で書く、30〜40枚ほどの論文になります。


晴れて試験に合格すると、正式にPh.D. Candidateと呼ばれるようになり、博士論文の研究をする準備が出来ているとみなされます。ここからは、科目履修はなくなる代わりに、研究のデザイン、方法、理論的枠組みなどを細かに詰めて、プロポーザルと言われる研究計画書を作成することに目標は移行します。このプロポーザルは、だいたい、博士論文の3〜4章分に当たり、100ページほどの論文になります。


プロポーザルを作成するために、パイロットと呼ばれる、予備的研究を行います。そのためにはIRBと呼ばれる、人間を扱う研究(教育分野ではほとんど相当します)における倫理的問題をすべてクリアするために行う審査のための書類作成も行わねばなりません。IRBの許可が出る前にフィールドワークを行うと、学生も指導教授も罰則を受けます。この点、日本に比べてアメリカは非常に厳しいと言えます。例えば、IRBの許可なく、誰かにインタビューを行い、それに基づいて学会で発表した場合、あるいは論文を出した場合、学生は退学に相当する上、指導教授は向こう5年間、一切の研究活動を禁止されます。


無事にIRBを通過し、パイロットを行い、プロポーザルを作成すると、プロポーザルが妥当なものであるかの審査委員会が開かれます。これは、学生とその指導教授、そしてもう2人の同大学に所属する教授(さらに1名の別大学に所属する教授が含まれる場合もあります)が出席します。ここで認証されると、ようやく博士論文のためのフィールドワークを行うことができます。これにかかる期間は、統計などを使った数量的研究の場合は数ヶ月で済みますが、インタビュー調査、見学などを使ったエスノグラフィをはじめとする質的研究の場合は1年〜1年半かかります。データ収集後はデータ分析、理論的枠組みの見直しと先行研究の見直し(主に追加)、研究結果と結論を執筆し、博士論文の提出となります。


私がcandidacy examに合格した、と報告すると、日本の友人たちは「じゃあもうすぐ卒業なんだね!おめでとう!」と返してくれるのですが、以上の説明で、ここからがまさに正念場であることがお分かりいただけたと思います。candidacy examに合格後5年以内に卒業しないといけないのですが、だいたい、平均で3年ぐらいかかっているようです。よって、candidacy exam合格までが3年、その後にもう3年、アメリカの博士号は取得に(平均)6年かかるというわけです。中には8年9年かかる人もいます。途中でテーマを変えた場合や、方法論を変えた場合、もしくは指導教授を変えた場合などです。


現在の私はどこに位置するのかと言うと、プロポーザル作成に必要なパイロット研究を行うためのIRBの書類を提出し、博士論文のための研究助成に出願を出したところです。IRBを通過するのに数週間かかりますが、来月からはパイロットができるかなというところです。


 


まだまだ道のりは長いですが・・・


福島第一原発の一号機メルトダウン・・・三号機は?

今日は福島第一原発の一号機の核燃料のほとんどがメルトダウンしていたということを東電が初めて認めた、というショッキングなニュースが報道された。


このニュースが流されてまだ2時間ほどしか経っていないときに海外のニュースをチェックしていたら、こんなウェブサイトを見つけた。


Inside the Fukushima Nuclear Meltdown


日本の報道では、原発内部の写真は非常に限定的に公開されているように思えてならないのだが、海外のニュースでは日本のニュースでは公開されないような写真がばんばん公開されていることが分かる。


言うまでもないことだが、震災が起きたときにはまだ核燃料は融け落ちてはいなかったわけで、それが数々のまずい対応によって、数週間を経てほぼ100%のメルトダウンに至ったということは、今回の原発事故による放射能汚染は人災だということである。


繰り返し述べているが、政府も東電の言うことも信用ならない。すべてを公表しているとはとても思えないのである。


5月8日の、三号機からの黒煙の説明はないが、どうなっているのだろう?三号機の再爆発の可能性は京大原子炉研究所の小出裕章氏も指摘していたが、それが起こったということなのではないだろうか。3月の核爆発のような大きな雲は上がっていないので、水蒸気爆発なのかもしれないが、三号機はMOX燃料を使っているので、半減期24000年のプルトニウムがたくさん排出されたということになる・・・。


黒煙が上がっている様子はこちら→TBSライブ映像(黒煙が上がるとしばらくして利用停止となった)


原発内で作業している人たちも、だんだん気候が暑くなってくる中で大変劣悪な環境で働くことを余儀なくされていると聞く。誰かがやらなければ、という思いで必死に作業をしている彼らには頭が下がる。文字通り、命を削っての作業である。それにひきかえ、のうのうと年収7200万円ももらって(50%カットでも3600万円)、原発から離れた安全なところで退避して、会社が苦境に陥っても税金で救ってもらえるらしい東電の幹部には怒りがおさまらない。

放射能汚染の現実:Link Fes 1

福島原発による放射能汚染に関して、色々なネット上の書き込みを見ていると、日本の市民の反応は三分されるように思われる。


1.放射能汚染について危機感を持っていて、それなりの行動をしている人々。マスクをつけたり食べ物に気をつけたり、雨の日は外出しないなどの自己防衛策をとっている。関西や外国に疎開する人も含まれる。さらに放射能問題について知識を深め意識を高めるために、原発問題ジャーナリスト広瀬隆氏や、京大原子炉実験所に勤務する小出裕章氏の講演会に出席する人もいる。自分のウェブサイトで危機的状況を日々綴っている人もいる。


2.放射能問題に感覚が麻痺してきてしまい、日常生活の忙しさの中で、次第に気にしなくなってしまっている人々。ネットで進んで正しい情報を収集しようとはしていない。耳にするのは大手マスコミやTVの、政府の公式見解を切り売りしているだけの金太郎飴的報道のみ。危機感はあまりない。


3.放射能問題について意識がないわけではないが、今こそ政府や東電を支えて日本が頑張らねばならない、と思っている人々。被災者や「風評被害」に遭っている福島県の農家などに同情を強く持っているため、進んで汚染野菜を買って食べ、福島県で生産された食品等をネットで購入したりしている。私は彼らは政府の「風評被害」と名をつけた「隠蔽策」の被害者だと思っている。福島県の農作物が汚染されているのは事実である。「風評被害」などではない。にもかかわらず、農林水産省は「食べて応援しよう!」(農林水産省ホームページ参照)などと銘打って、国民に放射能の体内被曝をさせているのである。農家を応援したい気持ちは分かる。だが、汚染野菜を食べるなら、色々自分で正確な情報を調べてみてからにしてほしい。言うまでもないが、何も拒否できない子供に汚染ほうれん草を食べさせたりするのだけはやめてほしい。


もちろん、この3つに当てはまらない人もいるかもしれないが、便宜上分けさせていただいた。


私自身は震災前からアメリカにいるため、疎開したわけではないが、日本の現実を目の当たりにしていないため、感覚的にある程度の距離感がある。日本を外側から見ている感覚である。アメリカ人のようにやみくもな恐怖感を持っているわけではないが、東京の一見平和に見える日常風景の中にいないので、放射能汚染問題に関する危機感がついつい薄れてしまう、ということはない。


ここでは、ほんの一部ではあるが、是非見てもらいたい映像やウェブサイトを紹介しようと思う。名づけて、Link Festivalの第一回である。


原発問題を1970年代から追っているジャーナリスト、広瀬隆氏


2011日3月26日の講演(長いが、マスコミは報道しない内容なので一見の価値あり) (映像)


ダイヤモンドオンライン「破局は避けられるか−福島原発事故の真相」


京大原子炉実験所に勤め、原子炉研究の専門家の立場で原発に反対する科学者、小出裕章氏


「大切な人に伝えてください」隠される原子力 (映像)


小出裕章(非公式)まとめ(小出氏の主張やインタビューなどがまとめられている)


原発による放射能汚染について


東洋経済「福島県の学校の75%が「管理区域」レベルの汚染」(2011年4月14日)


福島県のこどもたちは本当に心配である。親が子供に水筒を持たせようとすると、学校が拒否する。小学校の先生(これは東京都だったか)が、係の生徒に週1回、水道水が安全であることを示すために全員の前で水を飲ませる、などという話も聞く。おかしくはないだろうか。


広河隆一氏によれば、チェルノブイリ原発事故のときに全住民避難となったプリピャチの町と、国が福島県の学校の先生たちに授業を続けるように決めた放射能のレベルとは同じだそうである。このままでは福島県の子供たちの5年後10年後が危ない。そして大手マスコミは絶対に伝えない。言論統制がされているからである。


チェルノブイリ原発問題も追っているジャーナリスト広河隆一氏のツイッター


福島原発・チェルノブイリ原発・スリーマイル島原発事故の関連資料まとめ


↑これは前述の小出氏も所属する、原子力安全研究グループが集めた資料。原子炉研究の科学者たちが原発は都市に作れる性質のものではないと分かってから、原発反対運動をしている。科学者の視点で研究をしているので説得力がある。政府は言論統制を敷いているので、彼らが大手マスコミの記事になることはない。


新潟県柏崎刈羽原発での2007年の事故のとき、基準を上回る放射性物質が撒き散らされている。その次の年に、柏崎の桜にたくさん奇形が見られ、異常をきたしているというのである。以下の市民メディア団体が調べている。


えこ&ピースActio「この春柏崎刈羽原発周辺の桜に大異変」


こんな写真や



こんな写真が



掲載されている。


異常花率が3%から23%に跳ね上がったというのである。植物に異常が出て、人間に出ないわけがない。


福島原発で撒き散らされた放射性物質はこの比ではないのはもちろんである。ヨウ素だけではなく、プルトニウムやストロンチウムやセシウム等、半減期が長く有毒性が高いものが放出されている。


政府はもう「大丈夫」「基準以下」(←そもそもこの基準自体がどんどん上につりあげられ、もうめちゃくちゃである)「直ちに健康被害はない」というのは即刻やめてもらいたい。正しい情報を提供し、危険性についても国民に告知する。その上で、どのような行動を取るべきか、国民一人一人に判断させてほしい。


原発の今の状況に関して詳細に書かれているウェブサイトを見つけた。福島原発が青く光っている様子(臨界に達するときには青い光が出るらしいのだが・・・再臨界ではないことを祈る)など写真も載せていて、日々更新されており、色々勉強になるので紹介したい。


井口和基氏ブログ


色々な情報を収集して調べてみると、福島原発の1号機も2号機も3号機も4号機も、それぞれに異なった緊急の問題を抱えており、いまだに危ない状況であることが分かる。大手マスコミや政府の見解だけを聞いていると、もう問題が収束に向かっているように感じてしまうが、あくまでそれは国によるマインドコントロールであることを肝に銘じておかねばならない。


国は「大丈夫」と間違った安心をさせるのではなく、国民の知る権利を保証するべきである。その上で、それぞれが、汚染野菜を食べるか、移住するか、その場にとどまるか、子供だけ他県に転校させるのか、など、色々な判断をしていけばよい。一様に疎開すべき、といっても、それが実質的に不可能な人もいるわけだし、どんなに放射能汚染されていようとも、そこに留まることを希望する人もいる。かなりの高齢であれば、子供や若い人々と同じようには人生を考えていないのは明らかだ。つまり、80歳の老人は、5年先に放射能汚染によって癌になるかどうかなど、あまり気にしない人もいるかもしれない。それよりは、残された人生のQOL (Quality of Life)を高め、慣れた土地で、何も気にせず、好きなことをやって暮らしたいかもしれない。


そのほかのリンクについて、また別の機会に紹介したいと思う。今日はこの辺で。

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