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Author:まめ
アメリカ大学院留学。結婚・出産後、Ph.D.取得。イギリス引っ越し、1年後アメリカに戻る。現在、妊婦ワ―キングママです。


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日本人コミュニティ

キャンパスに日本人が少ないことは前に述べた通りである。
日本人会を作ろうにも、なかなかキャンパスで日本人に出会うことはない。
先日、遅ればせながら、同じ寮に住む日本人8名も、学期が始まって2か月以上も経ってようやくレストランで集うことが出来たのだが、日常生活ですれ違うことは滅多にない。
一応、Japanese Student Organizationという名前の、日本人や日本語を学ぶアメリカ人や留学生のグループはあるのだが、活動は1か月に1度、映画を見たりパーティをするために集まる程度のもので、互助的な活動はしていない。

それに対して、他のアジア人は、強力なコミュニティを持っていて、互助の精神に溢れているのがよく分かる。

例えば、ここに来て仲良くなった台湾人グループ8名に連れられて、台湾生徒会の歓迎パーティに行ったときのこと。
出席者は250名ほどで、全員台湾人。
台湾人以外は私だけであった。
話を聞くと、台湾人留学生が来ると空港まで出迎えに来てくれるサービスを提供していたり、生活の相談、買い物の相談、授業の相談、バイトの相談など、ありとあらゆる側面で互いに助け合っているのが分かった。

同様のことは中国人、韓国人グループにも言える。
彼らは概して、アメリカ人の友人を作ることもなく、他国の留学生と交わることもほとんどなく、同国人同士で一緒に過ごす。
同国人同士のカップルを見かけることもしばしばだ。

もちろん彼らの中にも、外向性に富んでいて、すすんでアメリカ人とも友達になる人もいるのだろうが、ごくまれなような気がする。
いつ見ても、私の台湾人の友人たちは彼女らだけで固まっているし、韓国人も同様だ。

彼らを見ていると、かつての日本人留学生を見ているような気になってくる。
90年代に日本人留学生がわんさかアメリカにいた頃、日本人は自分たちだけで固まって過ごすというので有名だった。
私はたまたま、プログラム内に留学生が他にいなかったことや、他国からの留学生と仲良くなったため、日本人とはほとんど一緒にいなかったのだが、概して日本人は日本人同士で固まって過ごす姿が学食などで見られたと思う。

せっかくアメリカに来ているのに、英語を話す機会が授業内だけとは、なんとももったいないと思うのだが、彼らはどう思っているんだろう。
韓国人の女の子2人は、もうすぐ、この寮を出て、二人でアパートをシェアするのだと言っていた。その方が安いから、と。
一緒に住んでしまったら、なおさら英語を使う機会はなくなると思うのだが、あまり気にもしていないらしい。
留学経験は初めてらしいから、このまま1年なり2年なり滞在すれば、自然に英語は身につくものと思っているのかもしれない。
英語は日常的に使ってなんぼ、なのだが。

そういう意味では、非常に恵まれた時間を過ごしている。
日本人が周りにほとんどいないことで、他のアジア人とも英語でコミュニケーションを取るしかなく、「珍しい」日本人、とのことで他国の留学生にも興味を持ってもらえ、日本語を学ぶアメリカ人からは日本語を教えてほしいと懇願され、outgoingでfriendlyでbit crazyな性格ゆえか、寮のアメリカ人やヨーロッパ人の「飲み仲間」も増えた。
逆に日本語を使うことがほとんどないため、日本語能力の低下が心配なくらいだ。

英語の面以外で、日本人が少ないことで得られるメリットは何だろうか。
情報を伝えてくれる強力なコミュニティがないため、自分でネットワークを構築しなければならないのだが、それこそ、留学生活の醍醐味ではないだろうか。
すすんで行動を起こし、自分で電話をかけ、アメリカ人に話を聞き・・・という具合だが、おかげでよりindependentでpositiveな人間になることが出来るような気がする。

日本人コミュニティは、決して強いつながりを持ってはいないのだが、日本人特有の連帯感のようなものは常にある。とはいえ、誰を見ても、他の日本人の誰かと常につるんでいるというような人はいない。みんなそれなりに独立心があって、勉強意欲もありながら、寮に常にこもって勉強しているというわけでもない。

他のアジア人と違うのは、バランスが取れている、ということかもしれない。


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アメリカ留学するアジア人

こちらに来る前、近くにホンダの工場があるから日本人が2000人ぐらい住んでいるらしいという情報を得ていた。

それほど大きな日本人コミュニティーがあるということは、おそらく大学キャンパスにもわんさか日本人がいるのだろう、日本人同士で助け合えることも多いだろうし、大きなコミュニティがあることで日本系列のお店もたくさんあるに違いない、と思っていた。
あまりに日本人だらけだったら英語を話す機会が減るから困るなぁ・・・とも思ったりしていた。

渡米してみると、確かにキャンパス内にはアジア系が多いのだが、見た目や話している言語などからすると、日本人ではなさそうである。
入寮して、まだ友達もあまり出来ずに寂しい思いをしながら数日間暮らしていた時期には、日本人には全くお目にかからないまま。
初めて日本人に会ったのは、こちらに来て10日ほど経過してから参加した、留学生オリエンテーションだった。

大規模州立大なので、オリエンテーションは3回に分けて行われ、私が参加したセッションだけでも200人は優に越えているだろうと思われるほど留学生は多かったのだが、うち9割はアジア人、残り1割はヨーロッパ系かラテンアメリカ系、そしてアジア人のうち9割8分以上は中国人・韓国人・台湾人・インド人のどれか、という具合。

オリエンテーションで日本人に出会うのも一苦労というほど、実際には日本人留学生は少ないことに驚かされた。
決して無名な大学なわけではない。全米でも有数の、優秀な学生が集まると言われている州立大で、出願する学生数も相当なものなのに。
(ちなみに私は、修士号取得のため留学したときにも出願していたのだが、この大学に不合格になっている。)

結局オリエンテーションでは2人の日本人に出会ったのみで、それから2〜3週間の間に出会った日本人は、数えるほど。
「本田の工場に勤める日本人とその家族2000人」は一体どこにいるのやら、という感じだった。

なぜこれほどまでに日本人留学生が少ないのか、自分なりに分析してみようと思う。

2000年〜2001年にボストンに修士号取得のため留学していた時、そして1990年代にアメリカに何度か来た経験からすれば、アメリカの主要な都市は当然のこと、小さな町にさえ、日本人はどこにでもいた。
もちろん、外国人がめったに訪れることのないような、そしてアメリカ人ですらめったに行くことのないような、中西部や南部の片田舎は別の話だ。

私が在籍したボストンの大学院では、日本人はそこまで多くはなかったが、市内に70もの大学があると言われるボストン全体を見てみれば、市内のどこにでも日本人はいたものだ。

7年経って、この夏にここに来る前に実はボストンとニューヨークに立ち寄ったのであるが、もう8月も終わりで大学の新学期がまさに始まろうという時期(大学院はほぼ始まっているはず)にも関わらず、市内をぶらぶら歩いていても、レストランに入っても、野球場に観戦に行っても、ニューヨークで「Sex and the City Bus Tour」に参加しても、日本人にはほとんど会わなかった。

私が現在居るこの都市(一応州都であるから、そこまで小さな都市ではない。アメリカ内では15番目に大きな都市だそうだ)に日本人があまりいないという感覚が、ボストンやニューヨークのような大都市でも感じられるということは驚きだった。

この話をアメリカにいる友達にすると、多分西海岸には多いんだろう、という答えが返ってくる。そりゃあ、冬の寒さが厳しいところよりは、温暖な西海岸のほうが人気はあるだろう。
確かにロスやサンフランシスコには日本人が多いイメージがあるが、果たしてどうか・・・?近年、行って実際に確かめたわけではないので、地域的な要因以外の理由を考えてみたい。

?経済不況

まず思い浮かぶのは、2000年以降の日本の経済状況の下降だ。
アメリカ留学にはお金がかかる。州立大でも年間300万円ほどの学費がかかるし、私立なら500万円ほどかかる大学も多い。
それに加えて生活費等の出費を考えれば、公費は別として、私費での留学を考える学生やその家族が減るのは当然考えられることだ。

10数年前のバブル時期によく見られた、企業がこぞって社員をMBA留学でアメリカに派遣していたのも、経済状況の下降によって、留学制度自体を取りやめる企業が出てきたり、留学先を中国など他の国に変更する企業が出てきたのも、関係しているかもしれない。

私の在籍する州立大のビジネススクールには、今年140人ほどの新入生が入ったそうなのだが、うち日本人は3人しかいないのだそうだ。うち社費で来ているのは2人。

?他のアジア諸国の台頭

実際ここまで中国人・台湾人・韓国人・インド人が多いとは予想もしていなかったことだが、かつて日本で見られたような留学熱が、学生の間に沸騰しているようだ。
友人に聞いてみると、日本にあったような、留学を目指す人のためのTOEFLやGREやGMATなどの試験対策の塾やセミナーがたくさん存在するとのことだ。
もちろん日本にもそのような予備校はあるが、比較にならないほど、中国や韓国には多いようだ。

アメリカ人の教授がForeign Language Testingの授業でGREの妥当性について話していたとき明言していたのだが、中国人・韓国人学生のGREの得点があまりに高いので、カンニングが横行しているのではないかと言われているとのこと。実際に、大学側に、この2つの国からの留学生のGREの点数には注意するようにと、ETS(GREを作成し主催している団体)からの直接の通達があったのだそうだ。

本当にカンニングが横行しているとのニュースもあったと記憶しているが、それはさておき、留学を実現させるために、そこまで躍起になってGREやTOEFLのスコアを上げて競争力を高めなければならないほど、中国や韓国の留学熱は高いということだろう。

GREは3つのパートに分かれており、そのうちの1つのverbal part(英語の語彙力・読解力テスト)は、ネイティブスピーカーでも難しいと言うほど、難解である。800点満点中、留学生なら450点も取れば上々、と日本では言われる中、どうやら中国では満点近く取る学生がわんさかいるらしい。

要するに、GREやTOEFLのスコアだけを見ても、日本人の留学希望者は、他のアジア諸国の留学希望者には太刀打ちできない状況にあるということだ。経済やスポーツなど様々な場面で、中国の国際競争力が高まっていることは自明の理だが、留学においても、同じことが言えるようだ。有名州立大や私立大などのcompetitiveな大学や大学院での競争では、日本は他のアジア諸国に負けているということだろう。

おそらく、もう少しレベルの低い、ランキングに載らないような大学では、日本人が多いのかもしれない。実際に、同じ州にある別の州立大はランクが下なのだが、交換留学生として日本人が100人ほど、立教やその他の大学から毎年送られてくるという話は耳にしたことがある。

アジア諸国の台頭の話に戻れば、彼らの授業態度や勉強に対する意欲は非常に高い。もちろん、数少ない日本人留学生の熱意も相当高いのだが、いい意味でも悪い意味でも、他のアジア人の勉学意欲は物凄いものがある。

いい意味とは言わずもがなであるが、悪い意味、とはどういうことか説明しよう。

概して日本人留学生は、個人差はあれども、週末だからたまには外出しようとか、近くにおいしいレストランがあるから試してみようとか、いいクラブがあるから出かけようとか、息抜きも楽しみながら勉強も頑張る、という傾向がある。
それに対して、他のアジア人は、概して、平日も週末も勉強しかしない。これは経験から言って、絶対間違いない。
週末が明けて授業に行くと、週末何していたの、という質問が飛び交うが、中国人・台湾人・韓国人はほとんどが、図書館に行ったとか、部屋にこもっていたと答える。
私の友達の中国人や台湾人の複数が、アメリカではおろか、自分の国ですら、バーやクラブには行ったことがないと話すのを聞いて、愕然としたのを覚えている。

私は人生を楽しむタイプの人間で、遊びも勉強もA+を目指す生き方をしている。遊び過ぎて週末を棒に振って勉強を怠ったからといってたいして後悔もしない。そのぶん平日にやればいいだけのことだ。要はバランスが大事だと思っている。

これまでに、ここいら付近のバーやクラブはだいたい制覇したと思うが、週末の金曜や土曜の、いわゆる盛り場(死語?)で、他のアジア人に会ったことは、思いつく限りで2回しかない。どちらも女性だったと思う。
私が友達(一緒に行くのはアメリカ人かヨーロッパからの留学生が多い)と盛り場に行くと、私は唯一のアジア人であるため、大変目立ってしまうわけである。

?若者の内面志向

これは憶測の部分が大きいのだが、日本にいたとき、何かの調査で、日本人の20代の若者が海外に行かなくなってきている、と言っていたのを聞いたことがある。
海外旅行も減っていて、車も買わなくなってきていて、休日は出かけるよりも家にこもってゲームをしたりDVDを見たりしていたい、と思うような若者が増えているそうなのだ。

このことが直接、海外留学生の数の減少に結びついているかどうかの調査はないのだが、推察するに、若者の内側にこもる傾向が少しは関係していそうだ。


日本人が少ないことは悪いことではない。
その辺りのことは、次の記事で述べたいと思う。

Election Day

11月4日、アメリカ大統領選。
現在、午後11時45分。
キャンパス近くの大通りからは、オバマ圧勝に歓喜する、鬨(とき)の声のような雄叫びや歓声が津波のように、寮の部屋まで押し寄せ、途切れることがない。
時折、「オ・バ・マ!オ・バ・マ!」という大合唱も聞こえる。

今日は素晴らしい秋晴れで、すっかり紅葉した木々の葉が黄金色に染まり、広大なキャンパスを美しく彩っていた。
ここ3週間ほどは冬到来ともいえるような寒さだったのだが、ここ3日ほどはまるで9月に戻ったかのような温かさで、11月ながら今日は一日半袖で十分なほどであった。

コーヒーショップに立ち寄りながら、買い物がてら大通りを散歩していたのだが、そこここに、選挙当日の興奮醒めやまぬ人々の姿に出会う。
交差点には「Honk for Obama」(オバマのためにクラクションを鳴らそう)と書いたプラカードを掲げた人達が立ち、行き交う車からはオバマ支持を表すクラクションが聞こえてくる。

学生はキャンパス内にある教会が投票所だったのだが、昨日投票した友人は、なんと午後5時から10時まで、5時間も列に並んでいたと言っていた。
何千人か分からぬほどの投票者の長蛇の列が押し寄せていたのだとか。

日本における若者の政治への興味関心の薄さを考えると、何ともうらやましいほどの盛り上がりだ。
日本で投票行動を欠かしたことはほとんど無いが、一度たりとも、投票のために何時間も列に並んだ記憶などない。
また、若者が政治に対して熱く討論を重ねる姿にも、ほとんどお目にかかったことはない。

今回アメリカには8月末から居住しているが、民主党大会、共和党大会の様子をバーで流したり、選挙関連のニュースがジムで常に流れている様子、また多くの学生がオバマのためにボランティア活動に従事しているのを目の当たりにし、この選挙に対する人々の関心の高さを実感した。

一体どこで調べたのか分からないが、10月半ばからは私にまで投票や寄付を呼びかけるメールが届き始めた。オバマやバイデンから、Dear _____(私のファーストネーム)で始まるメールが日々届くのは妙な気分だったが、電脳ネットワークを駆使した選挙活動と草の根運動による組織的活動がいかに繰り広げられているか、身近に感じることができた。

今回のオバマ圧勝には、アメリカ全土に及ぶ膨大な数の大学生をはじめとする若者の支持が大きいと思う。
私の大学でも、9月頃からキャンパスの様々なところで、投票者登録を呼びかけるボランティアが立ち、オバマ支持のバッジやTシャツを身につけた大学生が歩いているのを頻繁に目にした。
寮のドアにオバマ支持のステッカーを貼る学生がいれば、大手ソーシャルネットワーキングサービスのFacebookにオバマ支持の様々なイベントを企画する学生もいる。
日常の会話で、オバマ支持かどうかを聞かれることもしばしば。

今、オバマの勝利演説をテレビで見たが、世界中の政治家で、これほどまでにパワフルに言葉を操る演説力のある人間がいただろうか。
シカゴで演説をする様子をその場で聞いている人の多くが目に涙を浮かべていた。一体何万人の人がこの歴史的演説を聞くために集まったのだろう。
この選挙戦の前から、ヒラリーの支持者であった私だが、ヒラリーが選挙戦から降りてからは、オバマも支持するようになった。とはいえ、このキャンパスの多くのアメリカ人ほどには熱狂的なオバマ支持者というわけではなかったが、不覚にも、今日の勝利演説には、私まで深い感動を覚えて込み上げるものがあった。

オバマなら、分断されたアメリカを一つにすることが出来るかもしれない。
Yes, we can!を合言葉に、changeを目指してオバマを支持してきたアメリカ人が、今日、自分たちの力で変革をもたらすことができることを証明したわけだ。
これぞアメリカの民主主義だ。
それにひきかえ、日本のていたらくはなんだ。オバマ大統領と、日本の首相が会談する様子を想像し、恥ずかしくて仕方がなくなった。
日本とアメリカとは選挙のシステムが異なるから同じようにはいかないが、どうにか、オバマのような人が首相になって、日本の社会・経済・政治・教育を立て直してくれたらいいのに、と思った。

既に夜中の12時40分を回っているが、相変わらず大通りからは、歓声が聞こえてくる。アメリカっていいなぁ、と思える一日であった。


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