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Author:まめ
アメリカ大学院留学。結婚・出産後、Ph.D.取得。イギリス引っ越し、1年後アメリカに戻る。現在、妊婦ワ―キングママです。


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イギリス英語

イギリスのスーパーで出会ったイギリス英語。

イギリスではナスはaubergine (アメリカではeggplant)

ズッキーニはcourgette (アメリカではzucchini)

さやえんどうはmangetout (アメリカではsnow peas)

レーズンはsultana (アメリカではraisin)

おむつはnappies (アメリカではdiapers)

生理用ナプキンはsanitary towel (アメリカではsanitary napkin)

食器用洗剤はwashing up liquid (アメリカではdish soap)

などなど。最初は呼び名が違うなど思わずに買い物をしているので、この"sultana"が入っているパンって、レーズンパンに見えるんだけど、レーズンではないフルーツなのかな?美味しいのかな?と思って買ってみたりして、食べてみたところやっぱり普通のレーズンパンでがっかりしたり。

その他にも日常で出会う単語は結構違う語彙はありますが(もちろん文法レベルや音韻レベルでもかなり違いはあります)、こちらに来て一番最初にへえ~!と思ったのは赤ちゃん関係の単語でしょうか。

crib(ベビーベッド)はcot

stroller(乳母車)はpushchair、新生児~生後数か月ぐらいの小さな赤ちゃんを寝かせて乗せるものはpram

など。アメリカ英語に慣れ過ぎてしまって、今更イギリス英語なんて覚えられないよ、なんて思っていましたが、生活の中で結構頭の中に入ってくるものなんだあと思います。
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「英語がぺらぺら」の日本人

先日ふと違和感を持ったのが、日本人がよく使う「英語がぺらぺら」という言葉の持つニュアンスである。


「英語がぺらぺら」をグーグルで検索してみると、255万件がヒットし、「英語がぺらぺらになるには」「英語ぺらぺらマスター」「英語ぺらぺらになるぞ!」「90日で英語ぺらぺらになる方法」「数時間で英語ぺらぺら」(←そんな方法があれば全ての英会話学校がつぶれる)などなど、日本人の持つ英語コンプレックスを如実に表すフレーズが出てくる。


では「英語ぺらぺら」とは何なのか?


多くの人が「英語ぺらぺら」イコール、ネイティブレベルの英語、もしくは日本人アクセントのない流暢な英語、あるいはどんな場面でも表現に困ることなく英語を話すことができる能力、とイメージしているように思う。


しかし「英語ぺらぺら」は実際には、「英語を話すことが出来る」以上の意味を含んでいる。相手の話していることが聞き取れるリスニング能力、会話を続かせることができるコミュニケーション能力、会話が行われている場所における社会的通念や慣習に合致した内容であること(例えば、大学教授に対して10代が使うスラング満載の会話をするのはそぐわないし、禁欲的で厳しい文化的慣習を保っていることで知られる、英語とイーディッシュ語を話すニューヨークのハシディック派のユダヤ人に対して、性的な話をするのもそぐわない)など。


何故私がふと「英語ぺらぺら」に疑問を持ったのかというと、先日、適当にネットサーフィンしていたのだが、「木村拓哉と工藤静香の娘が通う都内インターナショナルスクール」について書かれていたブログがあって、何となく興味を持って、その学校のウェブサイトを見てみたことに端を発する。


私はこの二人の芸能人のファンでもないし、はっきり言ってどうでもいいのであるが、英語教育、バイリンガル教育には興味がある。


日本に住んでいる純粋な日本人が、自分の子供をインターナショナルスクールに入れて、日本にいながらにしてバイリンガルの子供に育てる、という話はよく聞く。ただしこれが出来るのは一部の、経済的に非常に恵まれた家庭だけである。


インターナショナルスクールの学費は幼稚園でも年間200万というところもある。げんに、私のイギリス人の友人で日本人の女性と結婚した人は、まあまあの年収はあったが、双子の娘を都内のインター(幼稚園)に入れるのを断念した。学費は一人年間150万だと言っていたから、まあ一人ならともかく、二人同時に、というのは経済的にも負担が大きいので、諦めたのだと思う。


この、社会的ステイタスとも言える、芸能人や外交官の子女が通うインターナショナルスクールであるが、日本人の両親を持つ子供が入ることについては、利点も弊害もある。


利点は、日常会話は難なくこなせる英語力が身につくことと、欧米型の思考力や創造力を伸ばす教育によって子供の可能性が広がる点、そして異文化への理解度・寛容度が高まる点などが挙げられる。


逆に弊害は、日本語の習熟度がどうしたって、普通の日本の学校に通う子供に比べて、レベルが下になることである。個人の能力の差もあるし、家庭での読書の機会など教育環境の差もあるので一概には言えないが、アメリカで育つ日本人子女を見てきた経験から言えば、英語と日本語が全く同じくネイティブレベルの完璧なバイリンガルはほぼ皆無といってもいい。


もう少し説明を加えると、日常会話能力に限って言えば、完全な同時バイリンガルは可能である、と断言しよう。子供のころからインターに通ったり、アメリカで暮らしたりしていれば、友達同士でするような会話は、日本語も英語も同じように行うことは可能である。


ところが、読み書きのレベルを加えたり、会話でも、ショッピングに行ったとか、誰それとデートをした、などという話題ではなく、アカデミックな内容について会話する力や、論理的に議論を組み立てる力などを加えると、二言語を同じように発達させることは極めて難しいのである。


色々な悲劇の例はあるが、よくあるのが、日本語しかできない両親と、インターに通って英語のほうが得意になってしまった子供が、コミュニケーションをうまく取れないというケース。さらには、英語が母国語のようになった子供は、高校や大学をアメリカかどこかで通って、アメリカ人として生きていけるのでまだいいのだが、英語も日本語も中途半端にしか身につかなかった、いわゆるセミリンガルと呼ばれる子供たちは、かわいそうである。


私のボストンでの修士時代に出会った日本人の友達は、幼稚園から高校まで日本のインターで教育を受けたのだが、英語の発音は良かったものの、簡単な単語ばかりを使って会話しており、ネイティブレベルでは全然なかった。そして日本語にいたっては、日常会話は問題なく出来るのに、漢字がほとんど全く書けないという有様であった。


話題をキムタクに戻そう。私はキムタク夫妻の英語力がどれほどなのか知らなかったが、いろいろなニュースやブログで、彼らの英語力が「英語ぺらぺら」「ネイティブと渡り合える」「かなり上手い」と表現されていたことに、非常に興味を持ったのだ。


私の知る限り、キムタクも静香も帰国子女ではないし、留学経験もないし、かなり大人になってから英語の勉強を始めたケースである。いくら娘がインターに通っていて英語ができるからといって、親も自動的に「英語ぺらぺら」になるもんだろうか?


さっそくYouTubeで二人が英語を話しているビデオはないかと探してみる。


すると、キムタクのはまったく無い。消されてしまったのかもしれない。ウェブサイトには、いつかの紅白歌合戦でスーザン・ボイルが出たときに、キムタクが英語で話しかけたところ、スーザンに理解してもらえず、通訳が間に入って、キムタク赤っ恥、という事件が書いてあった。そんなことがあったのは知らなかったが、それ以来、キムタクは自信を喪失し、公の場やTVでは英語を話すことをしなくなってしまったらしい。もっとも、スーザンに理解してもらえなかったのは、単にスーザンにキムタクの声が届かなかっただけなのかもしれないし、通訳がいるのに、キムタクが英語を話すことをスーザンが予期していなかっただけ、なのかもしれない。私だって、英語で会話していて、急に日本語が聞こえてきても、その日本語を英語として脳が理解しようとするため、その日本語が聞き取れない、ということはある。


というわけで、キムタクの英語を聞くことはできなかったが、自身も「相手が何て言ってるかはだいたい分かったりするけど、トークがだめなんだよね」と話しているように、様々な情報を総合的に判断して、「英語ぺらぺら」というニュアンスからは程遠いようである。


今度は静香のほうである。いくつかのウェブサイトには「静香の英語はかなりぺらぺら」みたいなことが書いてあったので、今度は期待できそうだ。父親と違って、母親は子供と過ごす時間が多いので、一緒に英語を話したりなんかしているうちに、「ぺらぺら」になったのかもしれない。そこでYouTubeにあった、彼女が以前「英語でしゃべらナイト」に出演したときの映像を見つけ、聞いてみると・・・。


・・・これは、ひどい。


冒頭で自己紹介をしているのだが、一生懸命暗記してきた文を話しているのが見え見えで、つっかえつっかえ、日本人アクセント丸出し、文法もめちゃくちゃ、の状態で話している。まあ、それでも、ビデオの最後のほうでは、英会話喫茶で英国人と話をしているシーンがあって、そこではまだ自己紹介のときよりはまし、というか、となりの押切もえよりはだいぶましな英語を話していたし、drop in(ちょっと立ち寄る)なんて表現も知ってたりするのだが。しかし「ぺらぺら」という感じとは程遠いことは確かである。


分かったことは、彼らの英語を聞いて、「ぺらぺらだ!」と思う日本人がいるということ、しかもけっこういるということだ。


思うに、日本人の英語コンプレックスがすごすぎて、少しでも、英語を話している人を見ると、もう「ぺらぺらじゃん!」と思ってしまうのではないだろうか。静香の自己紹介の英語をアメリカ人の友人に聞かせたら、たぶん吹き出すのではないかと思う。日本人は英語を使わなくても日本で十分暮らしていけるし、困らないはずだし、それなのに、英語が全くできない私の友人も「子供には英語を習わせなきゃ!」といきまいたりするご時勢である。うーん、どんなもんなんだろう。日本で日本人として生きていくなら、まずは家庭で読書を一緒にしたり、ものを書いたりさせながら、日本語の力を最大限まで伸ばしてあげることが大事だと思うのだが。もちろん、英語が多少でもできると、海外旅行のときに使えて便利ではあるけれども。


最後に、静香の出演している番組を見て思ったこと。


彼女が、全然英語ができない段階から、あそこまで娘と一緒に勉強したという姿勢はとても好感が持てる。だが、どうも家庭でも英語をできるだけ使おうとしている様子なのが気がかりだ。家庭で日本語を使わなかったら、娘はいったいどこで日本語能力を伸ばすのだろう。子供の環境適応は早いので、学校では英語しか使っていない可能性がある。両親の英語力があれじゃあ、娘が日本語に不自由するようになったら、まともなコミュニケーションが取れなくなってしまうのではなかろうか・・・。ま、余計なおせっかいだけど。

なぜ日本人の英語のプレゼンは下手なのか

シカゴでの全米応用言語学学会2日目。


ホテルの部屋が空調をつけても寒く、またしてもあまり熟睡できぬまま朝になった。8時15分からのセッションに出席しようかと思っていたが、部屋にドライヤーがついていなかったため、濡れた髪で外出するのがはばかられ(何しろ気温が零下5度である)、結局朝3番目のセッションからの出席になった。一度にセッションは20ほど行われており、参加者はそれぞれの時間帯で興味のあるテーマの発表を聞きにいくという形である。高校で行われる文化祭のクラスごとの出し物みたいな感じである。


今日は午前・午後といくつかのプレゼンを聞く中に、日本人のプレゼン、他のアジア人のプレゼン、そして英語のネイティブスピーカーのプレゼンがあった。特に比較しようと思ってはいなかったが、日本人のプレゼンの下手さにはがっくりした。彼らの中には、日本の大学に所属していて、学会発表をしにアメリカに来ている人もいるが、大多数はアメリカの大学院の博士課程に留学している学生か、アメリカの大学で教鞭をとっている日本人である。もちろん、中にはかなり若い時からアメリカに来ていて、ほぼアメリカ人化した日本人もおり、プレゼンの上手な人もいるのだと思う。


しかし、あ、日本人のプレゼンだ思って聞いてみると、まあ、アメリカの博士課程に在籍している学生であろうと、アメリカの大学の教授であろうと、揃ってプレゼンが下手なのだ。多少のアクセントについて言っているのではない。相手に伝わる英語でさえあれば、英語に母語の影響によるアクセントがあるのは別に問題視されない。それこそ、文化・エスニシティーのアイデンティティの表れと理解される場合も多い。ここで言っているのは、日本人が、英語の上手い下手に関わらず、説明が要領を得ない、アイコンタクトが取れない、同じことを違う言い方で繰り返す(冗長)、原稿を読んでいる、20分間のプレゼンに強弱がなく、すべて同じ調子の口調で説明が進むため、眠気を誘う、英語がつっかえる(文がブツ切れになる)、といった特徴を持っているため、プレゼンが異常に下手に見える(聞こえる)という事実である。


考えてみると、これらの特徴は、何も日本人が英語を話しているときに限らないことに気づいた。そういえば、日本で以前勤めていた学校には、こんな特徴で下手な日本語のプレゼンをする校長、教頭、教員など、わんさか居たのだった。何を言いたいのか伝わってこない、思いも伝わってこない、眠くなる・・・


一方、英語話者のスピーチ、プレゼンは、(少数の例外を除いて)、概して上手い。話が的を得ている。アイコンタクトをしっかり取り、パワーポイントを読みあげるだけのプレゼンではなく、こちらに訴えかけてくるものがある。口調をときには変え、声量も上げたり下げたり、聴衆も引き込んだインタラクティブなプレゼンをする人も多い。それが、フツウの、どこにでもいそうな、特に頭がいいというわけではなく、本当に一般のアメリカ人も、プレゼンが上手い。


ネイティブスピーカーでなくても、例えばメキシコ人なども上手い。彼らの英語は完全にスペイン語訛りが残っている。つっかえることもある。それでも、引き込まれてしまう何かがある。


これは決して遺伝などではなく、教育によるもののような気がする。アメリカ人は小学校から、自分をどう表現するかを学校で教えてもらう機会がたくさんある。プレゼン、ディスカッションなど、周りとインタラクティブな交流をしながらの学びの機会が多くある。それに比べ、日本の学校は、ほとんどの時間を教師から生徒への一方通行の講義形式の授業に費やしており、仮にプレゼンやディスカッションの機会があっても、それは一部のおしゃべりな生徒がしゃしゃり出てくる時間でしかなかったり、自分をどう表現するかという観点から指導されていなかったりする。言葉の話し方、伝え方について学ぶ機会はない。その結果、プレゼンの仕方をまともに習ったことのない日本人が作られる(私も、きちんと指導されたことはない。周囲のアメリカ人を見て学んだ。)


韓国人もプレゼンの下手な人が多いが、中国人や台湾人は英語のプレゼンを結構うまくこなしてしまう人が多い(英語が下手でも)。


明日は3日目。一人ぐらい英語のプレゼンのめちゃくちゃ上手い日本製の日本人、に会ってみたいものだ。

日本人にとって最も発音が難しい英単語とは?

周知の通り、日本語は英語から見て、アラビア語と並び最もかけ離れた言語の一つです。統語的に見ても、文法的に見ても、音韻的にも、形態論的に見ても、これだけ何から何まで違う言語もないと思います。


だから、日本人が英語を学ぶのも英語話者が日本語を学ぶのも、同様に大変なのですが、強いていえば、音韻的には、英語話者が日本語を学ぶ方がハードルははるかに低いです。日本語には母音が5つしかないですが、英語には14とも16とも言われています(文献によって異なる)。


日本語にあって英語に存在しない音、というのはもちろんあります。たとえば、ラ行の音、ラリルレロを発音するとき、flapping soundと言われる音を出すのですが、これは英語のLでもRでもない。どちらに近いかといえばLですが、ローマ字表記ではRA, RI, RU, RE, ROであって、LA, LI, LU, LE, LOでないのが面白いですよね。他に、「ん」の発音が、その前後につく音によっては難しくなる。例えば、「雰囲気」はローマ字表記ではfunikiとなるため、アメリカ人の日本語学習者は「ふにき」と発音してしまう。さらには、イントネーションの区別(「橋」と「端」と「箸」)、長音と単音の区別(「意地」と「イージー」)、連濁音(単語が二つ以上連なったときに後ろが濁音になること:例えば「靴」と「箱」で「くつばこ」と濁る)が彼らが苦労する点の代表格です。


とはいえ、日本語学習者が音の発音そのものに苦労することはほぼないと言ってよいでしょう。一度覚えてしまえば、50音を見たとおりに発音すれば良いので、音韻的には彼らにとって大変な言語ではないのです。ラ行の音をLで代用したところで、意味的に問題が生じるわけでもないしね。


逆に英語にあって日本語に存在しない音は山ほどあります。日本人はじめ、アジア人にとって苦難となるのはLとRの発音と聞き取りであるというのは、日本人にも英語話者にもよく知られた事実です。日本人や韓国人をからかうときに、わざとLとRを逆に入れ替えて発音したり(そしてそれを聞いた日本人や韓国人は違いが聞き取れない)という、日本人からしたら笑えないジョークは、軽い意味あいのものから、蔑視的なものまで、TV番組や映画、アニメーション、You Tubeのビデオなど、至るところで使われています。


例えば、"America, fuck yea!"でお馴染みの、2004年のアニメーション映画「Team America: World Police」の中で、友達のいないキム・ジョンイルが哀れっぽい声で"I'm so ronery~ so ronery~"(本当はもちろんlonely)と歌うシーンなど、アメリカ人は大爆笑です。


さて、それではLとRの発音が、日本人にとって最も難しい英語の発音なのでしょうか。


答えは×。それではTHの発音?thrall, length, the, など、確かに、日本人にとっては練習が必要です。thにてこずるのは日本人だけではないですよ。グルジア人の英語話者だって、グルジア語にはthの発音がないため、thinkがsink(沈む)やtink(?)になってしまいます。でも最も難しい音に比べれば、Thの音はかなり単純明快なほうだと言えます。


それではmagicのgとmusicのsの区別?日本語だとどちらも「ジ」。これもウルトラB級程度の難易度でしょう。


実は、英語で最も難しい音は、日本の英語の先生にも認識されていないほどのものなのです。おそらく、日本の英語の先生でも区別して発音したり聞き取ったりできる人はごく僅かだと思われます。それは、以下の単語の第一音節の発音です。


yeast (酵母)


year (年)


yeehaw (ヤッホー!)=カウボーイの掛け声


さあ、どうでしょう?一見簡単に見えますが、アメリカに長くいる日本人でも、98%ぐらいの人がこれらの単語を以下のように発音しています。


east (東)


ear (耳)


eehaw (意味不明...中国語のニーハオに間違えられるのが関の山でしょう)


英語を専門とした言語学で博士号を取った日本人教授(アメリカ在住30年)でも聞き分けが出来ないとクラスで言っていました。そんなわけで、この発音の区別は日本人にはウルトラE級であると確信しています。しかも、日本人のほとんどは、間違って発音していることにすら気づいていない!ネイティブレベルの人でもね。


日本人の友達とアメリカ人の友達が会話をしていたときのこと。(私は同じテーブルで食事をしていました)


日本人"So I have been studying English for many years."


アメリカ人"Oh, you've been studying English for many EARS!?"


日本人"Yeah."


アメリカ人"Are you sure? Many EARS?" (ぷぷぷと噴き出して笑っている)


日本人"Of course."(まだ気づいていない)


・・・というような会話があったのですが、この日本人の友達は最後まで何故笑われているのか全く分からず、狐につままれたような顔をしていました。何で笑われているか日本語で教えてあげたのですが、それでもよく分かっていないみたいでした。


実は、このyeast, year, yeehawの第一音節の音[ji](yi)は、英語でも使われるのが稀な音なのです。[je](ye)ならそれほど難しくはないのですがね。例えば以下の音は日本人でも簡単に発音できます。


yes


yeah


yesterday


など。


[ji](yi)をどう発音するかは、なかなか口では説明しがたいのですが、舌の中間部に力が入って上に盛り上がる感じです(何のこっちゃ、と思われるかもしれませんが、それしか言いようがありません)。yeastではなくeastの場合は、舌に余計な力は入りません。それこそ、日本語の「イ」を発音すればOKです。


 


 


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