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まめ

Author:まめ
アメリカ大学院留学。結婚・出産後、Ph.D.取得。イギリス引っ越し、1年後アメリカに戻る。現在、妊婦ワ―キングママです。


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(またもや)すっかりご無沙汰致しました

なんと10ヶ月もブログ更新をお休みしてしまいました。


すごくブログを書きたくなる時期と、全く興味がなくなる時期があるようで、このブログも2008年から細々と続いてはいるのですが、今までにも2〜3回、半年ぐらいずつご無沙汰してしまったことがあります。


最近、ブログをまた書こうかな、という気持ちになり始めていて、今日久々に編集画面を開けてみたら、こんな停滞しているブログなのに、毎日150アクセスぐらい、コンスタントに頂いており、申し訳なくなりました。


ありがとうございました。



さて、ブログが更新されなかった10ヶ月の間も、私のほうはまだオハイオ州コロンバスに滞在し、忙しく博士論文に取り組んでおりました。日々の福島原発問題や放射能防御の問題も、きちんとチェックしていましたよ。いくら自分は遠く離れたところにいるからといっても、東京に家族が暮らす以上、決して他人事ではなく、無関心ではいられません。


オハイオ州立大も昨年8月よりセメスター制になり、秋、冬、春、夏とあった4期制(クウォーター)ではなくなりました。


このスプリング・セメスターもあと2週間ばかりで終わります。この学期は、普段のGraduate Associateの仕事のほかに、週1でアドバイザーの教えるクラスのTAをボランティアでやっていたのと、3月はダラスで開かれた全米応用言語学学会(American Association for Applied Linguistics)でプレゼンもあったので、ほんとあっという間で、月日が経つのがはやかったです。ここから博士論文のほうは頑張ってスパートかけないと、と思っています。本当なら今ごろ終わってるはずの原稿も、まだ形になっていなかったりして、とほほな状態です。あ、でも、昨年秋に書き上げた論文は無事雑誌に送ることができました。現在"under review"です。



実はこの2013年になって、人生が大きく動き出しました。


あれよあれよという間に色んなことが起こり、今までの予定が予定通り行かなくなったというか、予定を変更せざるをえなくなり、将来の展望も変わり、世界観も変わったような気がしています。


実は・・・妊娠が冬に発覚し、結婚をしました。8月に出産を控えています。


今まで子供がいる人生を考えたことがほとんどなかったので、自分が一番びっくりしています。もうわからないことだらけなのですが、母や出産経験のある友達に色々アドバイスをもらいながら、元気に過ごしております。


そんなわけで、ブログに書くネタの幅は広がったような気がします。少しずつ、できるだけ更新もきちんとしていくつもりですので、またどうぞよろしくお願いします。


 

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生活習慣はふとしたことから変えられる

私はずーーーっと夜型人間でした。


大学時代は、バンドサークルの合宿でも徹夜でスタジオ練習は平気。修士留学時代も勉強がはかどるのは夜。教員時代も朝まで飲むとかいうことも何度もあったし、休日はだいたい午前中は寝ていました。博士留学でアメリカに来てからも、もちろん超夜型の日々。特に2ヶ月間のcandidacy examの期間中とか、学期末のペーパー地獄などは、論文は深夜12時を過ぎてから集中し、明け方に就寝して昼過ぎに起きる、という生活をしていました。


周囲には夜が弱いという人もいて、夜10時に寝て朝5時に起きるなんていうメキシコ人もいますが、自分には到底それはできないと思いこんでいたし、朝方にする気もありませんでした。


今回、12月に日本に一時帰国をして、変なウイルスに感染したのか、あまり引いたことのない種類の風邪にかかってアメリカに戻りました。(長引きましたがようやく治りました。)妙に疲労が酷く、帰国してから1週間は、夜7時以降は起きていられず、夕食後にすぐ寝て、朝4時に起きる、というような生活をしていました。今思えば時差ボケもあったのかもしれませんが、ちなみに普段は帰国しても時差ボケはほとんどありません。


かれこれ帰国して2週間とちょっとになりますが、何と未だに、遅くとも11時には就寝で、朝6時半には起床という生活を続けています。朝早く起きなければならない理由(学校がある、など)もないのに、早寝早起きを続けているのは、私の人生で初めてのことです。朝暗いうちに起きるというのはなかなか面白い経験です。だんだん朝が明けてきて、窓を開けると、何ともいえないフレッシュな空気が入ってきます。(寒いです。)


そこであらためて認識したのは、言い古されていることではありますが、午前中の時間の使い方で人生が変わる、ということです。午前中に仕事(私の場合は論文執筆)をすると、夜にやる場合の3倍ぐらいはかどる、という人たちがちまたにはいて、以前の私は「そんなん、嘘だろ。夜のほうがはかどるし、朝なんか脳みそが働かない」と思っていたのですが、何と本当でした。


午前中はぐだぐだ過ごすもの、と思っていた私が、朝6時に起きたときには、コーヒーを飲んだりブログを読んだりしたあと、8時には論文に取り掛かったりしているわけです。本来なら、爆睡中の時間帯です。これはものすごい変化です。夜にやる以上に集中できるというのも大きな発見でした。


生活習慣というのはなかなか変えられないものですが、一つ何かが変わると容易に変えられるものでもあるようです。


そういえば、私は以前喫煙者でした。


たばこはロッカー(rocker)にはつきもので、本気で旨いと思っていたし、止める気も全くなかったのですが、いずれアメリカに行くことが分かっていたので、喫煙はしづらくなるなぁとは思っていました。アメリカでは喫煙者の肩身は狭いし、当時の日本に比べると、たばこの値段もべらぼうに高かったのです。それが、アメリカに来る1年前ぐらいのある日、風邪を引いて、喉が痛くなり、1週間ぐらいたばこを吸わずにいました。喉が痛すぎて吸う気にもならないほどだったのだと記憶しています。そうしたら、風邪が治っても、たばこを吸う気が無くなってしまったのです。


それでも、たばこを止めるとか、禁煙だとか、そういうふうには考えていませんでした。ただ単に、吸いたくならないので吸わない、という程度でした。ふと気付くと、もう1ヶ月吸っていないという状況でした。その時になって、たばこ止めちゃおうかな、と初めて思いました。そのまま吸わずに現在に至ります。あの風邪から4年数ヶ月ぐらい経ってしまいました。


小さなきっかけをつかんだら、それをぐっと引き寄せてみる、なんていう努力でもないような気がします。本当に、ただそのきっかけを離さないでおく、だけのことで、生活習慣て変わるものだと思います。

ヘッドライトが切れた

ちょうど1年前ぐらいに、車の左のヘッドライトが切れて、3月まで放置してからホンダの工場に持っていった記事を書きました。


車のヘッドライトは左右だいたい同じ時期に切れるものだ、と言う人がいますが、そうでもないようです。


1年経ってやっと、と言ったら変ですが、この度、今度は右のヘッドライトが切れて、本田に行ってきました。昨年切れたときには片目走行していて警察に止められたことがあるので、今度は早めに行ってきました。


それにしてもこの一年はよくホンダに行った気がします。


3月にヘッドライト交換とオイル交換


4月に道のど真ん中でエンジンがかからなくなり立ち往生。しばらくトライしてやっとエンジンがかかり、その足でホンダに持ち込み、見てもらう(一時的なものだったようで特に問題はなし)


8月に長距離ドライブ予定があったので全点検、タイヤローテーション、オイル交換(特に問題はなし)


1月にヘッドライト交換とオイル交換、ブレーキ点検(特に問題はなし)


1年間に3回もエンジンオイルの交換をする人もいないだろうなぁ。日本人は概して車を大事にしますが、アメリカでは、故障が起きてもディーラーに持っていく人は少数派で、だいたいが、壊れたまま(止まるまで)走るか、地元の安くでやってくれる修理工場に持ち込みます。エンジンオイルなんか、だいたいの車が真っ黒けの状態で走ってるんじゃなかろうか。アメリカは車検もないし。フリーウェイで立ち往生している車もよく見かけます。


私の2004年アコードは、私が購入した2009年まではあまりメンテナンスがちゃんとされていませんでしたが(過去記事参照)、今はぴかぴかの健康体になりました。3000キロに及ぶ長距離ドライブもへっちゃらです。

初雪

11月になっても12月になっても降雪のなかったコロンバス。年内もついに降らず、なんだか生ぬるいような寒くないような気候で、気味が悪かったのですが、ようやく降りました。


 


現在27°F(-3°C)ぐらいで、雪が積もり始めています。今夜は17°F(-8°C)ぐらいまで下がるようです。


雪が多ければ多いで文句を言い、雪がなければないで文句を言い、人間とは勝手なもんです。


ようやくコロンバスにもいつもの冬がやってきました。

Steve Jobs氏のすべてを賞賛すべきではない

10月5日に、長年アップルのCEOであり、つい数ヶ月前に辞任したばかりのSteve Jobs氏がすい臓がんで亡くなった。そのニュースは世界中に大きなショックとともに伝わった。すい臓がんは、進行が早くきわめて予後が悪いことで知られている癌である。


そのJobs氏が亡くなる5日前、ノーベル医学賞・生理学賞の受賞が決定したカナダの免疫学者Ralph Steinman氏はすい臓がんの治療にも関係のある樹状細胞の研究をしていたが、受賞が決まる3日前に、同じくすい臓がんによって亡くなった。


ほんの数日間に、すい臓がんが奇しくも、今もっとも輝いている2人の天才の命を奪ったわけである。


Jobs氏は言わずと知れた、iPadやiPhoneという世界中で売れに売れまくった大ヒット商品を生み出した人物だ。彼のクリエイティビティ、イノベイティブな発想と、苦学生の生活から世界でも有数の大富豪の一人になったという、アメリカンドリームをまさに体現してきた彼の人生に、尊敬の念と深い共感を抱く人は少なくない。彼の死後、オバマ大統領、ビル・ゲイツ氏、マーク・ザッカーバーグ氏等、各界の有名人が惜別の言葉を発表したことからも、いかにSteve Jobs氏が影響力の大きな人物であったか分かる。Facebook上には、ぞくぞくと"R.I.P. Steve" という言葉が並んだ(R.I.Pはラテン語でrequiescant in pace= rest in peaceの意味)。


この2日間、アップル製品のファンはもちろん、そうでない人も、にわかファンも、誰もかれもが、彼の死を悼んでいるようだった。ほとんど彼がカリスマ、いや神格化されてしまっているようなインターネット上の言説に、私は違和感を覚えた。彼の企業人としての手腕だけでなく、彼の人としての生き方も含めてすべてが賞賛されていることに。


私は普段アップルの製品を特に使っていないが、かといって嫌悪しているわけでもない。PCしか使ったことがないので、学校にあるアップルのコンピューターは慣れていないために、いざ使おうとしてもよく分からず、まったく使い勝手が悪いと憤慨するぐらいである。(大学の図書館にはPCとMacと両方置いてあるのだが、PCを使う人の方が多いため、Macしか空いているコンピューターがなく、仕方なく使わなければいけないときがあるのである。)私が持っている唯一のアップル製品は2007年に買ったiPodである。MP3プレーヤーに比べれば、あれはたしかに画期的な商品だった。しかしそれ以外は特に興味なし。iPhoneよりもアンドロイド派である。


Steve Jobsは悪人である。彼がここまでのしあがってきた中には、様々な裏切り行為、金儲け主義優先の行動があった。その詳細はここでは書かないが、興味のある人はネットで検索をすれば出てくるだろう。


彼の根本にある考え方は企業中心、経済中心の資本主義である。彼がへろへろだったアップルを立て直したのも、次々にヒット商品を飛ばしたのも、企業人としてはお手本のような生き方だろう。消費者に「これが世界を変える」と訴え、カリスマ性のあるプレゼンでとりこにし、ファンを増やし、高額な特許でぼろ儲け。アップル製品を使うことが、白人の中上流階級のステイタスシンボルになった。アップルの製品がいいからアップルを買い続けるのではなく、アップルがステイタスシンボルだから、アップルを買う人が増えた。(全員がそうであると言っているわけではない。)金持ちがベンツに乗るようなもんである。


Steve Jobsが悪人である、と言い切るのは、彼が経済中心の資本主義をさらに扇動し推進してきたからである。その結果、アップルは、世界で、最も環境を破壊してきた企業になった。安い人件費で中国で電話をどんどん作って、ばか高い値段で売るのである。電話を作る際に環境を汚そうが気にしない。すべては金のためである。


私の周囲には、2〜3人、そういう意識の高いアメリカ人の友人がいる。みな、20代の白人男性である。彼らはSteve Jobsの生き方にNOをつきつけ、欺瞞を暴き、ニューヨークのウォール街でデモをする。彼らに聞いた話だが、Steve Jobsは世界で最も金持ちの一人であるにも関わらず、税金を一切払っていない。アメリカは金持ち優遇の国である。悪徳弁護士や会計士を雇えば、いつだって税法の抜け道はあるのだ。さらに、Steve Jobsは慈善活動を一切やらない。メジャーリーガーやそのほかのスポーツ選手がオフシーズンにさまざまな慈善活動を行うのは、高い年俸を得ている者としての社会的責任と義務である、という考え方がアメリカにはある。Steve Jobsは最も高額所得者のメジャーリーガーの何倍も稼いでいるにもかかわらず、一切の社会的活動を行わない。


論点をクリアにしよう。私はSteve Jobs氏の革新的な創造力、自己実現力、自己表現力には敬服の念を持つ。しかし、彼の生き方そのものを賞賛し、カリスマとしてやみくもに崇め奉ることには、危機感を覚えるのだ。視点を変えて彼のプレゼンを批判的に見てみれば、もっと違うものが見えてくるだろう。iPhoneを購入することと、ウォール街でのデモに参加することが矛盾した行動だということも。


現在、Facebookを含めて、インターネット上でSteve Jobs氏の批判を書くことは実質できないといっていい。やるなら「炎上」覚悟で、という意味だ。これは、現在日本で起きている、原発反対への動きをけん制しようとするどす黒い権力構造に似ていると思うのは私だけだろうか。脱原発や、放射能の危険性を訴えるブログが突然閉鎖されたり、コメントには異常な反応が返ってきたりする。まったく論理的でない、感情にまかせた人格攻撃が掲示板でおこり、政府は真実を隠蔽するために情報統制する。


色々な考え方があっていい、言論の自由が認められている、というのはしょせん幻想である。言ってしまえば、日本もアメリカも「自由の国」ではない。

Mirra Chairが来た!

待ちに待ったHerman Millerの椅子、Mirra Chairが届いた。


この椅子、ただの椅子ではない。日本で購入すると11万円代、アメリカでは価格約1080ドルもする椅子なのだ。色々なウェブサイトを見て、正規品でなおかつメーカーの12年保証がついたもので、一番低価格だったアマゾンで799ドルで購入した。


いやー、自分が椅子に800ドルもかけるなんて思ってもみなかった!


でも待てよ、円高のおかげで、数年前なら1ドル110円×800ドル=88000円だったものが、今は1ドル77円×800ドル=約62000円!おおー。日本で購入するより5万円も安いではないか。


ともかくこの椅子、カンザスシティのヒルトン・ガーデン・インに泊まったときに、部屋に置いてあったのだが、実際に座って机の上で作業をしてみて、あまりの心地よさに、欲しくてたまらなくなってしまったのだ。座高やリクライニングはもちろん、アームの角度、幅、高さ、腰椎サポートの強さ、座の奥行きなど、様々な点で自分の体に合わせた調節が出来、本当に快適な自分にぴったりの椅子にすることが出来る優れものなのだ。背もたれも肩までサポートしてくれるような頼もしさだが、全体は丸みを帯びていてとってもかわいい。


論文を書いたり、パソコンに向かっているときも、今までの椅子は体に合わなかったため、気付くと椅子の上であぐらをかいていたり、肩と背中がばきばきに張って凝ってしまい、もうつらくてそれ以上机に向かっていられない、というほどだったので、高いけれども、この椅子が救世主になってくれれば、と購入を決意した。何しろ、今までは、机の上で論文を読んでいても、頭が疲れる前に体が疲れてだるくなってしまい、ベッドの上に移動して寝そべって読む→寝てしまう、の繰り返しだった。


色は、日本だとアームの色、背の色、座の色、フレームの色がそれぞれ選べるようなのだが、アメリカでは(少なくともアマゾンでは)背と座の色は選べるが同一色でなければならず、フレームとアームの色も2種類から選べるが同一色でなければならない。


カプチーノ、ブルー、レンガ色など、魅力的な色がある中で、私が選んだのはアルパイン(白)。かなり色々なウェブサイトの写真を見比べて迷ったのだが、最後は普段見もしない風水のウェブサイトまで見て決めた。これによると、私の書斎の向いている方角には白の家具を合わせると仕事運が上がり成功する、とあったので。


フレームはグラファイト(濃い目のほう)にして、こんな感じ↓



今これを打ちながら座っているが、アームがちゃんと自分の腕をささえてくれるので、快適だ。今までこんな重いもの(自分の腕)をほぼ宙ぶらりんにさせて、いかに肩に負担をかけ、痛めつけていたかがわかる。もう8年も前になるが、椎間板ヘルニアで入院した経験もあるので、腰に爆弾をかかえている私でも、この腰椎サポートがいい感じで、かなりラクだ。それに、姿勢がしゃきん、とする。いままでの椅子ではどうしても前かがみのヘンな体勢で机に向かうことになってしまい、そのせいで姿勢が悪くなったような気がしていた。でもミラチェアなら、また姿勢が良くなるかも!この椅子なら全然、あぐらをかきたくならない。普通にしゃきん、と座っているのが一番快適だからだ。


ちなみに、日本みたいに背と座の色が違うものを選べるんだったら、本当は、背がアルパイン、座が黒、が良かったな↓



うーん、やっぱりかわいい。でも座が白も悪くないか。


あー、ほんと素晴らしい椅子。星5つ★★★★★


何年間も、机に長時間座って読んだり書いたりしなければならないPh.D. studentsにはおすすめです。


 


Columbus Park of Roses

今日はコロンバスにあるPark of Rosesの紹介です。1953年に開園したアメリカ国内でも指折りのバラ園です。



見頃は5月〜夏で、色とりどりの、様々な種類のバラが咲き、見る人の目を楽しませてくれます。


コロンバスの目抜き通りであるHigh Streetを北上し、Clintonvilleのエリアを通るとほどなく左側にPark of Rosesの看板があるので、そこを左に入ると広大な公園が広がっています。バラ園はそのうちの一部にすぎません。他にはピクニックエリア、子供のための遊具(ブランコやすべり台など)、ハイキングトレイルなどがあります。



この写真は撮った中でも特にお気に入り↑


これはまだつぼみですが、バラって、完全に開ききるより、ちょっとつぼみが開いたぐらいの方が綺麗だなぁと思います。



赤、ピンク、オレンジ、白、紅白、黄色、などなど、色々な色のバラがあります。



これはなんか椿みたいなバラです。




行ったのは仕事のない水曜の昼間だったのですが、それでもけっこう人がいました。コロンバスも夏になり、毎日85度〜90度ぐらいまで日中は上がります。(セ氏で言うと、30度前後です)





コロンバスにおいでの際は、夏なら是非Park of Rosesものぞいてみてください。市営なので無料です。


 


 


 

Comfest

金曜から日曜までの3日間、この週末はコロンバスのお祭り、Comfestでした。Comfestとは何かというと、The Community Festivalの略で、コロンバスのVictorian Villageに近いGoodale Parkで行われる、環境と平和を愛する人たちの、音楽とアートのお祭りです


舞台がいくつか設置されており、そこではバンドの演奏が行われ、公園を歩くと、そこらじゅうで、アートが見られます。例えば、側面と天井すべて、色々なものを貼り付けてデコレーションした車や、スーパーのビニール袋何千枚で作られた木のオブジェなど。公園の周囲の通りでは出店があり、レコードを売る店、ガラス細工を売る店、手染めのTシャツを売る店、トルティーヤ・ピザを売る店、ホットドッグを売る店などがあります。


とにかくすごい人出です。


普段、この公園は閑散としていて、犬を連れた人が歩いているぐらいなものですが、この3日間だけは、公園中、人だらけです。


環境と平和を愛する人たちのお祭りなので、60年代のヒッピー文化に繋がりがあるらしく、ヒッピーの格好をした人たちが多く見られます。ヒッピーといえばドラッグ。芝生の上に座り込んだ5〜6人のグループがそこらじゅうにいて、タバコを吸ったり、公然とマリファナを吸ったりしています。歩いているとマリファナのにおいが漂ってくるのでわかるのと、マリファナの巻紙が茶色なので、見た目でも分かります。近くに警察もいるのですが、何か問題が起きたときのために待機しているだけなのかも。公園の中には彼らは入ってこないので、お祭りだけに、あまり無粋なことはしないようです。


普段コロンバスでは、レストラン以外の公共の場所でアルコールを飲むことは禁止されていますが、この日は、公園で、カラフルなビアマグを持った人たちがたくさんいます。The Columbus Brewing Companyがビールを売るため出店を出しており、長蛇の列です。売り上げはお祭りやそのほかのコミュニティのプロジェクトのために使わたり、ホームレスのために使われたりします。


普段、外で大手を振ってビールを飲めないアメリカ人は、大喜びで割高のビールを求めて、列に並んでいます。後片付けのためと、安全のためか、ビンのビールを飲むのは禁止されていて、飲む場合はプラスチックのビアマグでないといけないようです。


アメリカ人の友達に、なんでアメリカでは外でビールをのんではだめなのか、聞いてみると、彼らもよく分からないようです。「ピューリタンの歴史が建国に深く関わっているからなんじゃないの」と言っている人がいて、妙に納得してしまいました。たしかにアメリカ人は妙なところで道徳的に厳格かもしれません。


それに比べて日本は天国です。公園だろうが、昼間の地下鉄だろうが、コンビ二の前だろうが、歩きながらであろうが、勤務中でない限り、基本的にはいつでもどこでもビールを飲めるなんて、アメリカ人のほとんどはきっと知らないはずです。


日本では酒を飲みながら人間関係を築くのが必須、みたいなところがあります。「ノミニュケーション」なんて造語まであるぐらい。酒の勢いで仲良くなるとか、普段言えないことを言えるとか、恋心を告白するとか、日本ならではのような気がします。正月で酒を飲み、雪見酒を飲み、花見をしながら酒を飲み、夕涼みしながら酒を飲み、月を眺めながら酒を飲み・・・という具合で、日本の文化の中には季節を感じながら、酒を飲む習慣が根付いているわけです。アメリカとは「酒」の意味合いが文化的に全く違うのを感じます。


実際にComfestの行われている公園を歩いてみると、まあ、ぷらぷらしている人がほとんどなので、何がそんなにおもしろいのかという気がしますが、アメリカ人にとっては重要な3日間のようです。みんな、1日は行かないと、という強迫観念に近い意気込みを感じます。


ちなみに、普段あれだけ見かける大勢のアジア人(OSUに留学に来ている中国人、韓国人、台湾人、インド人など)を、私が行った金曜日には全く見かけませんでした。ほぼ白人のアメリカ人、たまに黒人、という感じ。アジア人が行ってもおもしろくないかもなぁ。・・・特に、中国人と台湾人は酒を飲まないし。(韓国人はやたらよく飲むけど)。アジア人留学生はいまいちアメリカ人に融け込みきれず、自分たちの強固なコミュニティの中で自分たちのやり方で生きている人がほとんどなので、まあ、もっともかもしれません。日本人は人数自体が非常に少ないので、コミュニティ、と呼べるようなものはありませんが。やや寂しい感があります。絶滅危惧種みたいなもんです。

ほたるの季節

コロンバスでは毎年6月になると、町中の至るところで蛍が見られます。


夕暮れ時、薄暗くなってきた木々の下、草むら、芝生などで、そこらじゅうで蛍が金色に光を放って、それがついたり消えたりしている様子は幻想的です。蛍が光っている写真を綺麗に撮るのは大変難しいので、残念ながらここには載せられませんが・・・。


日本では蛍は水の綺麗な田舎にしかいないんだ、と教わったような覚えがあります。当然、東京で見たことはありません。


だから、蛍がいるんだと言うと、どれだけコロンバスが田舎なのかと思われそうですが、一応アメリカでは15番目に大きな都市です。都市、といっても、もちろんLAやNYなどのイメージとは程遠いですが。都市部だけど、ダウンタウンからすぐのところに公園はいくつもあるし、全体的に緑や川が多く、自然が残っています。


この季節は夜の9時を過ぎてもまだ暗くなりきっていないぐらいなので、仕事を終えてからもまだひと活動出来るぐらいです。夕ご飯を食べて、眠くなって30分昼寝してもまだ明るいです。近くにはドッグ・パークがあるのですが、犬を連れた人がたくさんやってきて、犬を放して遊ばせている様子が見えます。


蛍の命は短いので、7月末にもなるともう見られなくなります。毎年、蛍が見え始めると、ああ、夏が来たなぁ、と感慨深く思うわけです。日本では感じられない季節感だと思います。

音楽とハリケーンとクレオール:ニューオーリンズの5日間

アメリカ最大の教育学会「AERA」(American Educational Research Assocation)が今年はニューオーリンズで開催され、4月8日〜12日まで、4泊5日滞在した。会場は5つぐらいのホテル。2週間前に参加したシカゴの学会とは規模が違う。


初めてのアメリカ南部(フロリダは南部には入らない)の旅なので、独特の文化を経験するのを楽しみにしていた。ルイジアナ州はメキシコ湾に面し、ニューオーリンズはその上ミシシッピ川にも挟まれているため、2005年のハリケーン「カトリーナ」の際には甚大な被害を被ったことは記憶にも新しい。


フレンドリーなタクシーの運ちゃんは黒人で40歳手前ぐらいであったが、23歳の息子がいて(かなり若いときの子らしい)、カトリーナのときの被害がまだ残る自宅の様子などを話してくれた。空港とニューオーリンズの町の間はタクシーで20〜30分ぐらいであるが、その辺りもかなり水没したらしい。政府から補助金をもらったが、それをすべて自宅の修繕に使ってしまうと、次にまたハリケーンが来たときに逃げるためのお金がなくなってしまうので、少し取っておかないとと言っていた。


ニューオーリンズにはいくつかの地区があるが、目抜き通りのCanal Streetをはさんでビジネス地区と、ヨーロッパ調の古い町並みのフレンチ・クウォーターが広がる。このフレンチ・クウォーターは比較的ハリケーンカトリーナの影響を免れたそうである。


 



このようにバルコニーがついた建物、家々が続く。



ニューオーリンズは4月だというのに、夏の東京のような暑さと湿気であった。コロンバスの寒さに慣れた体はこの暑さになかなか対応できず、最初の1日2日は汗をかいても熱が体から出て行かず、痒みまで出てくる始末。でも日本のかゆみ止め「ムヒ」を持っていたから大丈夫。体中に塗りたくったら、涼しくなって痒みもおさまった。やっぱり「ムヒ」はすごい!



バルコニーに花を飾っている家も多い。


絵画を売っている人がいた。



まだ薄暗いうちから、人で賑わっている。オハイオでもボストンでも、アメリカのほとんどの町では、公共の場所でふたの開いたアルコール飲料を持ち歩くことはできない(Open Container Lawという)が、フレンチクウォーターでは大丈夫である。ただし、プラスティックの入れ物に入っている場合のみ。瓶入りのビールなどを飲み歩きすることは禁止されている。酔っ払って瓶を割ったりする人がいるからだと思われる。他には、ラスベガスの目抜き通りストリップでもアルコールの飲み歩きはOKである。こちらは瓶でも大丈夫だったと記憶している。



もうすぐ始まるMardi Gras(マーディ・グラーと発音する)ののぼりや看板を多く目にした。カラーは緑で、告解火曜日のこと。謝肉祭を祝うお祭り騒ぎである。どういう関連だか分からないが、アメリカの女の子はこのお祭りで乳を出すのが好きである。通りがかりの車にむかって、Tシャツをまくりあげて(ノーブラ)乳を見せたり。みんなやっているから平気、というわけだろうが、これは真似できない、というかしたくない。もっとすごいのは、Tシャツも着ないで、ブラもつけずに、乳頭にハート形の小さいシールだけを貼った状態で平気で街中を歩いていた子。去年のこの時期にコロンバスで見たのだが・・・絶句。



ニューオーリンズは新しいビルと、フレンチ・クウォーターの古い建物が調和した町だ。



フレンチ・クウォーターで一番有名な通りはバーボン・ストリート。歌舞伎町みたいな感じだが、昼間でも結構人でにぎわっている。クレオール料理(ニューオーリンズの、米、豆、トマトなどを使った香料の効いた料理)のレストラン、シーフードレストラン、バー、ライブ音楽を楽しめるバー(あまりおしゃれな感じではなく庶民的な感じ)、ストリップ劇場、セックスショップ(大人のおもちゃ屋のお洒落なバージョンという雰囲気)などが延々と1キロ2キロ、ミシシッピ川の方向に向かって続く。


これはいくつか入った、ライブバンドのいるバー(というか酒場)のうちの一つ。結構、おっちゃんバンド(おじいちゃんバンド)が多いんだ。



昼間に見ると結構汚い建物があるのが分かる。昼でも夜でも、バーボンストリートはビールと尿と下水の混じったような臭いが漂っている。ハリケーンの影響で下水の状況があまり良くないのではないかと思った。ところどころに、フローズン・ダイキリやフローズン・マルガリータのお店がある。1杯10ドルぐらいはするので、アメリカにしては割高なほうだ。



gator sausage(ワニのソーセージ)も食べてみた。けっこうchewyで、歯ごたえがあってうまい。ビールにめちゃめちゃ合う。ワニ75%他の肉25%の混合もあれば、ワニ100%もある。これはワニ100%。



見た目からはとてもワニとは思えない。


フレンチ・クウォーターで一番ポピュラーな飲み物(カクテル)はハリケーンという名前で、由来は別にカトリーナではなく、何十年前からあるラムベースのカクテル。赤い色をしていて、結構強いが、フルーティなので飲めてしまう。で、知らない間に酔っ払う。ライブ音楽を聴いてノリノリで踊ったりするとてきめん。ただし、他のカクテルに比べて二日酔いはしない気がした。


カクテル「ハリケーン」。このカクテル発祥のPat O'Brien'sというレストランでクレオール料理を食べた。ここのカクテルグラスは無料でお持ち帰り可能。お店の人が箱に詰めてくれた。



ニューオーリンズ出身の友達によれば、フレンチ・クウォーターで一番強いカクテルは、Hand Granade(手榴弾)という名前のカクテルで、ジン・ウォッカ・ラムのミックスにフルーツジュースを加えたもの。聞くだけで強そう。


ニューオーリンズにはハードロックカフェもある。ボストンの地ビール、Samuel Adamsを頼んだ。なんでニューオーリンズに来てヤンキーの飲み物飲んでるんだ、と言われたけど。ここで言うヤンキーとは、日本語のヤンキーではなく、アメリカ英語でyankeeといえば「北東部出身の人」の意味。ということは、ニューヨーク・ヤンキースを心底忌み嫌うボストン・レッドソックスのファンも実は「ヤンキー」なんだよな。言うと怒られそうだが。



このグラスもお持ち帰り可能。無料。今はコロンバスの自分のアパートに鎮座している。グラスをお持ち帰り可能にするのはニューオーリンズで流行っているみたいだ。他の町ではあまり聞かないサービスだ。


ミシシッピ川まで歩いた。



ディズニーランドで見るような船もあった。これは水上レストランで、クルーズしながら料理が楽しめる。



こちらは運搬用の客船。車も乗せられる。



ニューオーリンズのほかの乗り物としては、町を走るストリート・カー。これは前述の目抜き通り、Canal Street。


 



ハリケーンにもめげず、強く明るくフレンドリーなニューオーリンズの地元の人々。美しいカクテルのハリケーン。スパイシーなクレオール料理。バンド演奏。人をひきつける素敵な町ニューオーリンズが好きになった。

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