Just Being Myself

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自分の人生を生きるということ

先日、ママ友のお嬢さんと私の子供たちをうちで遊ばせた時のこと。
「二人子育てでイライラしたりキーっとなったりすることある?」
と聞かれました。
私ははて、どうかな?と思いを巡らせました。

気が強く、我も強く、どんどん言葉も達者になり生意気なことも言うようになった5歳の娘。
体も頭も発達目覚ましく、自己主張するようになり、欲しいものがもらえないと癇癪も起こすこともある19か月の息子。
以前の私なら、イライラして怒鳴ったり、キーっとなったりしていたと思います。
でも最近は、穏やかな気持ちで二人育児を楽しめているような気がするのです。

それは母親として素晴らしいからでも、悟りの境地に至ったからでも、忍耐強いからでもありません。
「自分の人生を生きることが出来ているから」
この一言に尽きると思うのです。

家事育児で疲労困憊していても、心から喜びを感じられることを出来ているから。

私にとってそれは人前で歌うことです。
去年の9月にクリスチャンになり、教会のクワイヤーで歌い始めたこと。
クワイヤーの仲間に誘われて、今年の1月に大きな合唱団にも入ったこと。
worship songsをはじめ、オペラやミュージカル音楽など、今まであまり触れてきていない
種類の歌を歌うことで、自分の音楽表現が広がったこと。
そしてこの夏からは、教会のバンドにもリクルートされ、歌うようになったこと。

これらの活動にはそれぞれ個人練習や全体のリハーサルを重ねることが必要であり、
その時間は育児の負担は夫にいくわけで、
夫の理解と協力なくしてはあり得ないことです。
夫には感謝あるのみです。

関連して、今日たまたま目にした記事をご紹介します。
「自分の人生を生きていないとき」人は病気になる
(プレジデントオンライン 2016年7月2日)

ここから記事を一部引用
「自分の人生を生きる」ということは、誰かと競ったり、自慢するためだったり、
または誰かのために生きることではありません。
自分が心から喜びを感じることをやっているかどうかに尽きます。
家族のために仕事をし、我慢をしながら一生懸命に頑張ることが当たり前で、
必死にやっているというのが世間の大半でしょう。
「本当にやりたいことだけできる人生なんて幻想だ」という人もいることでしょう。
しかし、視点を変えて、今やっていることに新しい意味づけをすることは可能です。
今していることをすぐにやめて、やりたいことだけをやるという必要はありません。

同じ「仕事をする」でも、生活の糧のために仕事をするのか、
何か大切な役割のための仕事なのかで動機が全く違ってきます。
もし、今の仕事に満足していなければ、
その仕事を「人生」というもっと大きな流れの中で、
自分にとってどのような意味があるのかを俯瞰して見てみるのです。
これまでとは違ったものが見えてくるはずです。

引用終わり

記事自体は、病気と意識と言葉のコネクションについて書かれているのですが、
上記の引用部分が、私には特に共鳴しました。

クリスチャンになるまでの自分は、
ようやく得ることが出来た、天職とも思える仕事を妊娠出産を理由に辞めさせられ、
寂しさ、納得のいかなさ、やり場のない怒りなどの感情に
支配される日々でした。
複数回の流産を経てやっと授かった第二子なので、
退職する原因となった妊娠出産自体をうらめしく思ったことはないのですが、
出産後もなんとか仕事を続けられないかと自分なりに色々模索したので、
どうにもならなかった時の落ち込みといったらありませんでした。
産後はただでさえ鬱になりやすくなりますので、
育児にひたすら向き合うだけの日々の中で、
加えてこういうネガティブな気持ちになるというのはきついものがありました。

クリスチャンになってからの自分は、様々な歌う場を与えられたことで、
どんなに救われたか分かりません。
お金ではないのです。
前の私は、仕事でなければ意味がない、と思っていました。
仕事がなくなったから落ち込みがちなのだと。
本当は、仕事を通して音楽と関わることが出来なくなったことが辛かったのです。

今は、歌うことでお給料をもらっているのではなくても、
日々の生活にいろんな形で音楽が存在していて、自分の音楽性も広がっている。
結果、仕事をしていた時以上に歌が自分の一部となり、
音楽を聴き手やバンド仲間、クワイヤーやコーラスの仲間と共有できるようになり、
何より、常に心が喜んでいる状態になることが出来たこと。
その恵みに感謝し、また今の自分に与えられているものすべてに感謝する毎日なのです。

「視点を変える」ことで「人生に新たな意味づけを与える」こと。
「心から喜びを感じられること」をすること。
心に余裕を持って楽しみながら育児をするためにも、これからも心に留めておきたいと思います。

3年半ぶりに帰ってきました

イギリスからアメリカに戻って約3年半。
何と一度もブログ更新していませんでした。

ブログを始めた当初(なんと12年も前)とはあまりに人生が違ってしまって…

また書こうという気になったときは、
もうこのブログは放置して、新しいブログを立ち上げようと思っていました。

でも、自分が書いた記事を読み返していて、
今とは違うライフステージを生きていた自分、思い出、すべて愛おしく思えたのです。
今を生きている自分と違うからといって否定することはない。

博士課程の6年間。
当然その年月の苦労が将来のキャリアに繋がっていくものと思って、頑張っていたわけです。
人生こんなに頭を使った事ないぐらい、ハゲそうになるほどに。
思考に思考を重ねて、睡眠も趣味の時間も削って、
学費のために仕事もしながら、ひたすら論文を読み書きし、
学会発表した日々。
自分の努力ではどうにもならない、一筋縄ではいかないことがあって、
またアカデミアというインスティテューションに対する疑問もあって、
研究者にはならない選択を自らしました。
それじゃあ、何のために博士号を取ったのか。。。
そういう気持ちにもなりますが、
でもやっぱりあの日々が無ければ、
今の自分はなかったと思うのです。

大学院卒業してからほぼ5年になります。
最初の3年ぐらいは、人生どう進んで行ったらよいのか、
自分のアイデンティティーは何なのか、
考えて考えて、人生迷走中みたいな日々でした。

色々思い悩みましたけど、
今ではすごく腑に落ちて、しっくりきたというか、
ありのままの自分を受け入れられるようになりました。
ラクに生きられるようになりました。
生きるベクトルが変わったからです。
自分が持たないものよりも、
いま自分が持っているものに感謝して生きられるのは、
素晴らしい恵みだと思えるようになりました。
こう思えるのは、第二子を授かったこともおおきいし、
第二子出産まで1年間就いていた、ある仕事を通して、自己を再発見出来たこと
も大きな理由です。

いま私は、取得した博士号の分野とはかけ離れたところで、
自分に与えられた「賜物」を使って、
生きがいと、自分らしさと、
日々の育児への活力を見出しています。

それは、歌うことです。

いや、私が大学院で研究してきたこととは確かに全く別物なんですが、
もともとの自分自身とは全く「かけ離れ」てはいなくて…。
幼い頃から歌い、ピアノを弾いてきた私にとって、
音楽は常に一番身近なところにありました。
自分がどんな仕事をしていようと、
どんな人と一緒にいようと、
どんなライフステージにいようと、
いつもそこにあったものが音楽なのです。
まあ、博士課程時代の6年間だけは、ゆったりと音楽を聴いたり歌ったりする余裕はあまりなかったのですが。

要は今、私は自分の原点に帰っただけなのかもしれません。

夜は外出、どころか自分一人で外出する機会もほぼなく、
夕方5時以降は家にこもりきりという生活の私でした。
(引きこもりなわけじゃなくて、
育児家事をしているからですが。)

今は週に2度、多い時は4度とか、一人で出かけて
大人の音楽活動にいそしむ日々。
下の子は寝かせてから出ますが、
上の子と遊んで風呂入れて寝かしつけをする大役を
快く担ってくれている、理解ある夫にも感謝です。

過去の記事もそのまま、自分の一部として残しつつ、
リニューアルしたこのブログで、
再び私の生活の中に戻ってきてくれた音楽の話をメインに、
たまに育児の話もしながら、
綴っていこうと思います。

カード届きました

グリーンカード2年条件削除、やっと終了しました。
オンラインのステイタスがカード作成中、に変わった7月31日から約1か月、ようやく新しいグリーンカードが送られてきました。
今度は「条件付き」じゃなくて、10年もののカードです。
3月に書類を出してから、約5か月。
スムーズにいったほうだと思います。

指紋採取のためにわざわざアメリカまで行かなければならなかったので、お金も体力も(1歳児を連れての海外渡航はきつい)要りましたが、無事終わって本当に良かった♡

もうすぐアメリカに本帰国になりますが、その前にカードが無事発行されたのもタイミングが良かったなぁ。

イギリス滞在1年

イギリス滞在も今日で1年になりました。
夫のポスドクはアメリカでやってほしかったし、イギリスに引っ越しなんて面倒くさい!
と思っていましたが、今となっては本当に来て良かった!!
引っ越しでお金もびっくりするぐらい吹っ飛んだけど、やっぱり来たのは必然でした。

アメリカでは0~5歳までの子供が、無料で週何回も通えるようなプレイグループや児童センターはありません。
イギリスでは、児童センターが地域にいくつもあって、私も娘を連れて毎週通いました。
そこで、私にとっても、娘にとっても、素晴らしい出会いがあり、かけがえのない、おそらく一生もんの友人を得ることができました。

また、ひょんなことから、この町にも他に日本人がいることが分かり、毎週1回、母親と子供たち(10~20名)が集まって、ひらがなや日本語の言葉や数字を勉強したり、日本語の歌を歌ったり、本を読んだりするグループにも参加させてもらうことができました。

イギリスに来た当初、数か月間は、知り合いもいないし、友達を作る間もないぐらい論文執筆に忙しくしていて、寂しい毎日で、早くアメリカに戻りたいなあとばかり思っていました。
それが、友達ができるとこんなに楽しくなるものなんて、やっぱり人は一人では生きられない、社会性の動物なんだとつくづく思いました。

もともと2年の滞在予定だったのですが、夫の転職で、もうすぐアメリカに戻ることになりました。
夫にとっても、次の仕事は大きなステップアップで、それが出来たのも、イギリスでの仕事経験があったからのようです。
やっぱりEverything happens for a reason. なんですね。
やっぱり自分はアメリカのほうが居心地いいというか、言語も含めていろいろしっくりくるので、引っ越しは嬉しいのですが、イギリスを去るのは少し寂しくもあります。

アメリカに戻ったら、友達のほかに恋しくなるかもしれないのが、イギリスの夏の気候かな。
東京でもオハイオでも、夏は猛暑、って日が多かったのですが、こんなに過ごしやすい夏は生まれて初めて経験しました。
晴れた日の午前中や日の入り間近の時間帯は、北海道の夏のようなすがすがしさというか、本当に気持ちよくて。
7月の最高気温の平均が21度。暑い日でも25度を超えることはなく、逆に涼しい日には10度近くまで下がったり。
雨も多いのですが、オハイオみたいな湿気の多いサンダーストームじゃなくて、涼しい空気で、ベランダに出て景色を眺めるのが好きでした。
イギリスに昔住んでいた友人が、イギリスの夏は半袖が必要ない、って言っていた意味が分かりました。

海外からのグリーンカード2年条件削除

アメリカ市民との結婚によって得られる永住権(グリーンカード)は、最初はconditional permanent residenceと言われる、2年間の条件付きです。
つまり、その2年間は同じ結婚を継続していなければならず、グリーンカードの期限の2年が経過する前に、「2年条件削除」の手続きをしなければなりません。

先日、ようやくその手続きがほぼ完了したので、どれぐらいの期間がかかったのか、記しておこうと思います。
同じく、海外からこの手続きをする人たちの参考になればと思います。

しかしまあ、ついこの間グリーンカードを手にしたと思ったけど、2年なんて本当にあっという間ですね。
手続きは期限が切れる90日前から始められます。
私の場合は、3月18日が90日前に当たるので、それが過ぎたらすぐにアメリカに書類を送りました。

私は去年の8月下旬からイギリスにいるので、「グリーンカード保持者は1年以上アメリカを離れてはいけない」という規定もあり、うまくその期限(つまり今年の8月下旬)までに、アメリカでのバイオメトリクス(指紋採取と写真撮影)のアポイントメントができれば一番いいなと思っていました。
そこで一度アメリカに入国しておけば、イギリスでの滞在がもう一年可能になるからです。(契約書によれば、イギリスでの夫の仕事は2年間の予定。グリーンカードの2年条件削除の時期と重なったこともあり、re-entry permitが2年分出ませんでした。前記事参照。)

最悪、バイオメトリクスのアポイントメントが8月下旬までにできない場合、夫をイギリスに置いて、私と娘だけアメリカに行き、そこでバイオメトリクスのアポイントメントの通知が来るのを待ち続ける(=その間のホテル代などがかかる)ということになるので、そうならないように願いながら、ひたすら通知を待つ日々でした。

実際は、バイオメトリクスが7月9日に指定されたので、ほっとしましたが、他のブログを見るとバイトメトリクスの通知が、書類を送って1か月以内に届いたとか、そういうのが多かったので、なかなか来なかった私は、かなり焦って、2~3回USCISに問い合わせをしました。もちろん、「そのうち届くから待て」と言われるだけでしたが。

あと、自分のUSの住所は、夫の実家にするとカリフォルニアでイギリスからは遠すぎるので、バイオメトリクスを慣れ親しんだコロンバスで受けることが出来るようにするために、コロンバスの友人に住所を借りました。
USCISからはそこに書類が届き、その友人が私のイギリスの住所に書類を送ってくれました。

3月20日 2年条件削除の書類をアメリカに送る

送った書類は
1) Form I-751
2) 申請料($505)、加えてバイオメトリクスの料金($85)
3) グリーンカードのコピー(表と裏)
4) 日本のパスポートのコピー
5) 娘のUS出生証明書(原本)
6) 夫と私の両方の名前が書かれたイギリスでのアパート契約書のコピー
7) イギリスの毎月のアパート代を支払ったレシートのコピー
8) joint Federal income tax returnsのコピー(2014年と2013年の分)
9) joint Ohio income tax returnsのコピー(2014年と2013年の分)
10) イギリスに引っ越す前の1年間のアメリカでの電気代請求書のコピー
11) 昨年11月に家族で日本に一時帰国した際の飛行機チケット(3人分,、同じフライト)のコピー
12) 夫の祖母から来た手紙のコピー(夫と私の両方に宛ててある)
13) 夫の母から送られてきたプレゼントの中に入っていたpacking slipsのコピー(夫と私の両方に宛ててある)
14) 自分たちで作った家族写真入りのクリスマスカード(昨年ののクリスマスに家族・友人に送ったもの)
15) 夫と私の両方を知る友人2名からのaffidavits(結婚生活が良好な関係で継続されており今後も長く続くものであると述べた宣誓書)

3月31日 USCISから、書類を受領したという通知が出される。

4月6日 オハイオの住所を借りている友人から、受領の書類が届いたよーとメールをもらう。

書類をスキャンしてメールで送ってくれたのですが、そこには、まず、2年条件付きの永住権を1年延長する、と書いてありました。
これで、次にアメリカに入国する際には、期限切れのグリーンカードと一緒にこの書類を見せれば、グリーンカード保持者として扱ってもらえます。

ここから待てど暮らせどバイトメトリクスの通知が来ず。何度かUSCISに問い合わせをしました。

6月26日 友人からやっとバイオメトリクスの通知が届いたと連絡あり。

日時指定されるのですが、7月9日になっており、あまり日がないため、急きょ飛行機の予約を取るも、高額!
仕方ないけど痛い出費・・・。
夫は仕事があるため、1歳児を置いていくわけにもいかず、娘を連れての渡米。娘には座席代がほとんどかからないにも関わらず、往復で1600ドルを超えました

7月9日2時~ コロンバスのUSCISオフィスで指紋採取・写真撮影。

7月7日~14日までコロンバスに滞在。
ぐずる娘を連れての長距離飛行機は大変でしたが、たくさん友達に会えて大満足の旅になりました。
もちろん、バイオメトリクスも問題なく終了。

7月31日 新しいカードが発行される

まだ届いてはいませんが、じきにカードが友人のところに届くようです。
3月31日以降、ずーっと「書類受領しました」のままになっていたUSCISのオンラインのステータスが、ようやく「新しいカードが発行されます」に変わりました!
  
つまり、取った指紋がOKだったということで、もう一度アメリカに指紋採取のために行かなくて済むのが嬉しい!

実は前回、最初のグリーンカードの申請のとき、私の指紋が薄いから、FBIが認めませんでした、というレターが届き、指紋採取の2回目があったのです。無料だったのですが、その間1か月ぐらいかかっているので、今回もそういうことになったら嫌だなと思っていました。もう飛行機は当分いいや・・・という感じです。

これで、グリーンカード更新は10年後!今度は条件なしの正式なグリーンカードです。ああー無事に終わって本当に良かった